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受賞作品 審査員コメント


インターナショナル・コンペティション

審査員:東琢磨(審査員長)、安里麻里、斉藤綾子、マーク・シリング、志賀理江子

総評
 今回の映画祭はコロナ禍によるオンライン開催でしたが、スクリーンにて候補作を見て審査するという最適な環境を用意してくださった映画祭事務局に感謝します。

 私たち審査員にとって、この1週間は実に刺激的な時間になりました。ノミネートされた15本は、どれも非常に見応えがあり、どれが受賞作となってもおかしくないレベルの高い作品ばかりでした。

 個々の作品は、記憶と忘却、占領・包囲・隔離、核、国家と暴力、医療や行政といった日常を構成する仕組みから、性暴力、大衆芸能を支えてきた女性たちに至るまで、実に多彩な主題が、「私事」として身につまされるような視点、「俯瞰的」に人々を捉えて起こっている世界を捉える視点、そのどれにも当てはまらないアクロバティックな視点から、ヴァラエティ豊かな語りで表現されていました。

 受賞作5本を選ぶ中で、私たちは多くの議論を重ね、異なる視点を知ることで、新たな発見をしました。それは「審査」というよりも、映画が世界を、その裏側を抉り出すことができるのかという、“ドキュメンタリー”という包容力とその表現の可能性に驚かされ、映像の力を再確認する過程でもありました。

 個々の主題や語りの違いがありながらも、最終的に私たちに訴えてくるのが、レンズを見つめる者のカメラへの眼差しの強度であり、映像が捉えるディテールの豊かさであり、作り手が「現実とどのように関わっているか」という視点の切実さに他ならないことに気づかされた貴重な体験でした。今回の候補作はすべてコロナ以前の状況で作られましたが、それを先取りしているものとして見ることも可能な映画もありました。受賞には至りませんでしたが、『スープとイデオロギー』と『国境の夜想曲』については審査員の中で意見が分かれたものの、非常に強い支持があったことをお伝えしたいと思います。

 ドキュメンタリーをどのように評価するかは、結局は見ている私たちが問いただされることです。世界に向き合い、自身を振り返りながら、世界をどのように信じるか、そのためにできることに心を尽くし、己の命を差し出すような映画。そのような心震える、素晴らしい映画に出会えたことに心から感謝します。


●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
理大囲城
香港/2020/88分
監督:
香港ドキュメンタリー映画工作者

香港返還から22年、逃亡犯条例が改定され、「不当な逮捕」が可能になるかもしれない。そんな未来への予感に抵抗し起こるべくして起こったデモを記録したものです。理大に集まっていた市民、学生たちが警察に包囲された、この11日間の映像には、食料も無くなり、どんどん疲弊していく未成年を含む若者達が、刻一刻とリアルに捉えられています。
 インディペンデント映画作家たちが理大内部でカメラをまわし、リアルタイムに世界中で1万人がLIVE中継を観た。その事自体が歴史上とても大きな意味を持つと感じます。そして今回のこの監督名の無い作品は、初めは個々にカメラをまわしていた作家達が集結し、「香港ドキュメンタリー映画工作者」と名乗り各々のアーカイブをまとめたものです。
 彼らの作り上げたこの作品が多くの人々に見られるよう願い、大賞といたします。そして、最も大事な事は、世界が、彼らの今後から目を離さずにいる事であると切に感じています。また、他の現場で、分断され、包囲され、隔離された日常を生きるすべての人たちにも届くことを願います。


●山形市長賞(最優秀賞)
カマグロガ
スペイン/2020/111分
監督:
アルフォンソ・アマドル

アルフォンソ・アマドル監督の『カマグロガ』は、スペインのバレンシア地方で農業を営むアントニオ・ラモンと娘のインマが、タイガーナッツと呼ばれる作物を栽培し収穫する場面から始まります。そのうちに将来の見通しについて話しだすアントニオの不安に満ちた表情、逆に小学校で児童たちに自分の仕事について話すインマの誇りと自信に満ちた顔など、登場人物ひとりひとりのキャラクターや生き様を描きながら、オルタの歴史、伝統と文化、さらには今日この地区が抱える深刻な問題へとその眼差しを広げていきます。先祖代々受け継がれてきた豊かな土地を耕し続ける農家の人々は、農業自体をサバイバルゲームへと追い込む容赦ない開発やグローバリゼーションの波によって、追い詰められているのです。
 この映画はアントニオやインマをはじめとするこの土地の人たちを理想化して描こうとはしませんが、彼らの知識に敬意を払い、その生活を讃え、困難かつ不安定な状況に苦しみながらも彼らがなぜその土地と労働を手放そうとしないのかを、観客に考え理解するよう促します。アマドル監督の的確な、そして愛情あふれる映画を通して、彼らの収穫する恵みはそのまま私たちの恵みともなるのです。


●優秀賞
ボストン市庁舎
アメリカ/2020/274分
監督:
フレデリック・ワイズマン

フレデリック・ワイズマン監督の集大成的な一本でした。
 ボストン市庁舎にカメラを向け、警察、消防、市議会、ビジネスマン、教育者、高齢者、障がい者らと行政の関わりが描かれていく。
 ワイズマンの巧みな編集とデイヴィーの的確なカメラによって、トランプ政権下においてもアメリカの伝統的リベラル主義がどのように機能しているかを見る事ができました。
 前半はマーティ・ウォルシュ市長を中心に、後半は貧困地区に住む人々を中心に、制度側と住民側の両方の視点が提示される。
 この映画で語られる「違いは分断を生まない」という意思に心から賛同します。


●優秀賞
ナイト・ショット
チリ/2019/80分
監督:
カロリーナ・モスコソ・ブリセーニョ

レイプという、ある日突然自分に起こってしまった過酷な暴力に打ちのめされ、壊れながらも、カロリーナ・モスコソ・ブリセーニョ監督は、カメラを自らを映す鏡として携え、カメラをまるで素手の様に使い、極めて私的な感性によってのみ、その深い傷の奥底に降りてゆきました。そして、司法によって裁かれえない私(わたくし)の告発を、表現という領域に託し、問いかけました。自分の身に起きた残酷なレイプ被害と、親しい友人の出産の奇跡を、同じ映画の時間の中で、地続きに描き出したことは、この世の誰しもが、その体の内側に豊かで美しく残酷な「性」をたずさえて生まれてきたことへの応答であり、その物語の中に溢れ出る彼女の感性は、複雑さを保ったまま、生きる力へも変換しようとする強度がありました。この映画は、とんでもなくユニークで稀有な力に満ちています。映画に抱きしめられるようなことが、観ている私たちにも起こったのでした。


●審査員特別賞
最初の54年間 ― 軍事占領の簡易マニュアル
フランス、フィンランド、イスラエル、ドイツ/2021/108分
監督:
アヴィ・モグラビ

「パレスティナ」についてふれられる際、あるいは、その状況・情勢が象徴する現在の〈世界〉について語られる場合、キーワードのように使われることばに「非対称」ということばがある。
 イスラエル側からこの非対称を埋めようという試みをも作品化してきたアヴィ・モグラビ監督は、今回、自らがストーリーテラー的な役割を演じ、元イスラエル兵士たちの語り・証言、アーカイブ映像を駆使して、軍事占領マニュアルとして、クリティカルに提示してみせた。非対称を埋める方法のひとつに、強い側の論理を解明することもあるだろう。同時に、これは今のこの国の私たちには鏡のような役割も果たしてくれるはずだ。

 


アジア千波万波

審査員:広瀬奈々子、イギル・ボラ

総評
 山形国際ドキュメンタリー映画祭2021のアジア千波万波に選出された18本の作品を、私たち審査員は、山形の、観客のいない映画館で鑑賞しました。まずは、今回の上映を実現してくださった映画祭関係者のみなさまと、映画を届けてくださった監督、スタッフ、出演者のみなさまに心から感謝致します。

 作品を観ながら、映画をつくり、上映することにどんな意味があるのか、映画をつくることは社会にどんな影響を与えるのか、映画のつくり手であり審査員である私の役割は何だろうかと、何度も反芻しました。

 理不尽な現実と変わらない状況に向き合い、無力感を覚えるときもあれば、刹那的な美しさを捉え、連帯の力をくれる作品と出会い、勇気をもらうときもありました。

 観客であり監督である私たち審査員は、それでも屈することなく人生を見つめ、向き合いながら大きな一歩を踏み出す作品、映画という芸術の可能性と役割を広げる作品を受賞作に選びました。

 今年の映画祭はオンラインで行われたため、素晴らしい作品を生み出したアジアのつくり手たちと会えなかったことが何より残念ですが、それぞれの場所で引き続き映画をつくり、映画を観なが ら、次の機会に会えることを願って止みません。私たちは映画を通して繋がり、連帯できることを改めて気づかせてくださって、ありがとうございます。


●小川紳介賞
リトル・パレスティナ
レバノン、フランス、カタール/2021/89分
監督:
アブダッラー・アル=ハティーブ

2013年から2015年の間にシリアのパレスティナ難民キャンプで撮影された映画を2021年、日本の山形で観ることに何の意味があるのかと聞く人がいるかもしれない。しかし映画を通して監督は、ヤルムーク難民キャンプでの時間を私たち全員の“共通の時間”にしてくれた。人生とは何か、自由のあり方とは何か、平和はどこにあるのか、人間の尊厳とは何かを問いかけることは、今も依然として有効で大事だと気づかせてくれる。明日をも知れぬ状況であるにもかかわらず、美しさを追い求めて歌い、叫び、連帯するヤルムーク難民キャンプの人々と製作スタッフに敬意を表したい。


●奨励賞
ベナジルに捧げる3つの歌
アフガニスタン/2021/22分
監督:
グリスタン・ミルザイ、エリザベス・ミルザイ

22分という作品の短さが、自由のない国内避難民キャンプでの半生のように刹那的で、無駄なカットは一つもなく、片時も目を離すことができなかった。主人公の若い青年は、毎日レンガをつくりながら、軍隊への入隊を夢見て胸を膨らませる。青年の妻への歌や愛情表現はとても純粋で、幼く、彼の行動は時に危ういが、愛し合うふたりを見つめるカメラの眼差しが、驚くほど優しく、美しい。この映画では描かれていない4年間の空白を想像すればするほど、胸が締め付けられた。長い時間をかけてアフガニスタンで暮らす人々と関わり続け、珠玉の作品にまとめあげたことに心からの賛辞を贈りたい。


●奨励賞
メークアップ・アーティスト
イラン/2021/76分
監督:
ジャファール・ナジャフィ

遊牧民として暮らす夫婦のジレンマを、知性とアイロニー、ユーモアを交えて描き切った。メークアップ・アーティストを目指すひとりの女性の夢は、イランの家父長制に対する闘いであり、物語を進めていく大きな推進力となっている。一夫多妻制という特有の伝統と、周囲の抑圧にめげることなく、自ら夫の後妻を探しに行く彼女の姿は、我々の既成概念をも疑わせ、新しい家族の形を想像させてくれる。劇映画の脚本では決して書くことのできない豊かなダイアローグと夫婦の愛憎劇は、ドキュメンタリーの枠を超えた新しいエンターテイメントだ。


●特別賞
心の破片
ミャンマー/2021/13分
監督:
ナンキンサンウィン

監督の個人的な経験を語り、描写することにとどまらず、独創的なスタイルを通して記憶を再構成することで、新しい歴史を書き綴ったことに拍手を贈りたい。何より、作品を通して一歩先に進もうとする監督の意志と勇気を心から支持する。

 


市民賞

燃え上がる記者たち
インド/2021/93分
監督:
リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ