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YIDFF 2011 インターナショナル・コンペティション
飛行機雲(クラーク空軍基地)
ジョン・ジャンヴィト 監督インタビュー

アメリカ人としての責任を撮り続ける映画


 『飛行機雲(クラーク空軍基地)』を撮ろうと思ったきっかけは、1996年に遡ります。ボストン紙に載っていたある汚染調査の記事を見て以来、ずっと気にかかっていた問題でした。私は、フィリピンの公害問題と向き合うことで、アメリカ人として、アメリカ政府がやったことの責任を取る、という気持ちで撮影をしていました。それは、一般的なアメリカ人はあまり考えないことです。普通は、政府や米軍がやっていることを、個人の問題として置き換えにくいと思います。しかし、私はそうは思わず、何かしなければならない、どういう形でもアメリカ人はアメリカ政府がやっていることに対して、責任を負わなければならないと思っています。私自身は、平和活動家のノーム・チョムスキーとの出会いもあり、若いころから正義について考えています。そのため、反権力という気持ちを強く持っていて、そうした私の考えがこの映画には反映されていると思います。

 アメリカ人として現地に入っていくことで、特に苦心したということはなかったです。それよりも、フィリピンの貧困など、目の当たりにした問題のあまりのスケールの大きさにショックを受けました。また、身の危険を感じることもありました。それは、撮影3日目にクラーク空軍基地の中でも、特に汚染レベルの高い区域に見学に行った時のことです。映画にも登場するミルラ・バルドナードという活動団体と共に見学をしていたのですが、その際、フィリピンの機密警察が巡回中で、あいにく殺人に巻き込まれるところでした。もしカメラを廻していたら、私は今ここにはいなかったかもしれませんね。撮影に入ってすぐに危険な目に遭ったので、フィリピンでは日常的にこうしたことがあるのだな、と実感しました。こうした状況は今も変わっていません。

 私の映画はとても長いです。作っている時は、こんなに長くなるとは思っていませんでした。しかし、編集する際に、インタビューした人々をありのままに表現するにはある程度の長さが必要だと感じました。簡単にまとめて説明できるようなテーマではないです。表現のためには、それなりの長さが必要でした。変に編集をしなかったことで、具体的に、どのような病気になったのか、何人の人が亡くなったのか、会話の中から見えてくる、彼らは何を考えてどういう問題を抱えているのか、どういう哲学を持って生きているのか、ということをより表現できたと思います。また、問題も複雑ですから、短時間にまとめるという、安易な行為はできません。映画の長さが問題の複雑さを表している面もあります。

 この映画には、見せ場やクライマックス等は設けませんでした。そのため、どの場面が一番だとか、そうした思いはありません。どれも選べません。それに、人生に起承転結はありません。私が創りあげようとしたものは、あるがままを当事者たちが自然に表現する場です。出演者がしっかりと人生を表現し、観客はそれを受け止め、考える映画を目標に制作しました。ゆっくりと考えることができる、スローフードな映画です。だから、私が創り込むのは50%までです。残りの50%は映画の中で与えた空間で、出演者と観客が創り出すのです。そのため、シーンを差別化せず、民主的にいきたいです。それが、私の制作理論だからです。

(採録・構成:渡邊美樹)

インタビュアー:渡邊美樹、佐藤寛朗/通訳:清水喜久美
写真撮影:二瓶知美/ビデオ撮影:梅木壮一/2011-10-08