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YIDFF 2013 アジア千波万波
ブアさんのござ
ズーン・モン・トゥー 監督インタビュー

敵を許し、受け入れる


Q: 戦争というものは、終戦を宣言されたら戦闘そのものは終わりますが、その後遺症が様々な形で残ります。この作品の主人公であるブアさんは、戦時中に受けた拷問の痛みに苦しむひとりとして、壮絶な過去を語ってくれました。ブアさんのみならず、過去を乗り越え仲睦まじく暮らす村人たちの様子に、私はとても感動しました。しかし映画祭公式カタログには「制作に行き詰まり主題を移した」とあります。なぜ行き詰まってしまったのでしょうか?

DMT: 当初はブアさんにスポットを当て、後遺症の恐ろしさを深く掘り下げる予定だったのですが、制作中にブアさんの発作が治ったことを知りました。それは喜ばしいことなのですが、テーマを変えざるを得ない状態になり、制作が行き詰まってしまいました。最終的に行き着いたテーマは、ブアさんを取り巻くコミュニティです。ブアさんが発作を起こすと、すぐさま駆けつけ彼女を助ける村人たちの過去を知ったときは驚きました。かつては敵だった相手が、家族のように助け合いながら暮らしている様子は、とても興味深かったです。彼らの関係に焦点を当てたことで、無事完成にたどり着くことができました。

Q: かつての敵同士が仲良く暮らす様子には、私も不思議な印象を受けました。なぜあそこまで素直に接することができるのでしょうか?

DMT: 他人が犯した過ちをすぐに許すというのは、ヴェトナム人の特徴といえるかもしれません。戦時中あんなにひどいことをしたアメリカ人にさえ、今では町を案内したり、家に招き入れたりしてもてなしています。また、戦時中のヴェトナムでは、兄はヴェトナム兵で弟はアメリカ兵というように、家族内でも敵対する軍隊に属してしまうということはごく普通のことでした。ヴェトナム人にとって、敵を受け入れるということはそこまで難しいことではないのです。

Q: 作中には、村人たちの結束の固さや仲の良さを感じ取ることができる場面が、多々あります。その中でも、夜に机を囲んで戦争の記憶を語り合う場面は、微笑ましいと同時に不思議だという印象を受けました。あの場では戦争の話以外のことも話していましたか?

DMT: ほかには最近の生活や昔の思い出などを語り合っていました。発作を起こすブアさんのことも、よく話題にあがります。発作が治った今は、ブアさんの話題があがることは少なくなっていましたが、彼女の近況を聞き、気づかう様子も見られました。

Q: 辛い記憶は忘れた方がいいと考えがちですが、この村の人々はすべての過去をあるがまま受け入れ前進しています。この村人たちのみならず、ヴェトナム人は辛い過去を乗り越えることのできる強い心を持っているのですね。

DMT: そうですね。しかし、忘れることができないからこそ過去を受け入れようとするのだと思います。現在もヴェトナムでは、枯葉剤の影響を受けた手足のない子どもたちが生まれてきます。また、化学兵器による癌で苦しむ人々もたくさんいます。私の父もそのひとりでした。これらの戦争の傷跡が残り続ける限り、私たちは戦争の記憶を忘れることはできないでしょう。しかし、それを引きずって苦しむことだけに力を使ってしまっては、人生は辛くなる一方です。過去をいったん受け止めてお互いの過ちを認め合い、民族の和解を重視して共存していくことが可能であったヴェトナム人だからこそ、乗り越えられたのかもしれません。

(採録・構成:井上早彩)

インタビュアー:井上早彩、小滝侑希恵/通訳:チン・トゥイ・フン
写真撮影:藤川聖久/ビデオ撮影:鈴木規子/2013-10-11