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YIDFF 2019 アジア千波万波
セノーテ
小田香 監督インタビュー

セノーテ  偶然の旅路とマヤの視線


Q: 映画の中に、現地の方のポートレートや声をたくさん挿入されていましたが、どのような出会いや交流があったのでしょうか?

OK: 30人くらいに、一応インタビューという形で話を聞いていきました。彼らにどのように出会っていったのかというと、ひとりにまず話を聞いたら、その方がまた次の人を紹介してくれる。その方がまた、「こういう村にはこういう人がいて……」というふうにつないでくれました。そうして初対面の方たちに、30分から1時間、セノーテの話を聞くということをさせてもらいました。

 その中で、マヤの伝統を伝えるための演劇をしている方に偶然出会い、インタビューの途中で、突如マヤ演劇のセリフを引用してくれました。その言葉は、映画の最後の方に男性のナレーションで入っているのですが、そういう偶然の出会いで、映画ができていったなと思います。

Q: 映画を撮る時に、何か影響を受けられた作品はありますか?

OK: 今回リサーチの段階で読んでいたル・クレジオの小説は好きで、たまたま彼もメキシコの先住民について書いている時期がありました。彼が翻訳した、マヤの創世記というか、神話があるのですが、それは結構精読していて、その世界観は何かしら映画に入った気もします。

 彼がその神話の序文で思うところを書いているのですが、面白いフレーズがあって、私たちが今、マヤの神話やマヤの人たちのことを発見し、読んでいるのではなく、彼らの物語の中、もしくは視線の中に私たちがいる、という言い方をしていました。ちゃんと理解できているかはわからないですが、それはいいなと思い、自分が見ているのではなく、彼らのまなざしの中に自分が媒体、メディアとして居る、そういうことができたらいい、そういう映画にしたいと思っていました。

Q: 編集の際、何を心がけながら、まとめられていったのでしょうか?

OK: 私の場合は、何かこれを絶対伝えたい、というのがプロジェクトの始まりではなく、何かこれを知りたいな、とかこれを撮ってみたい、というぼんやりしたところから始まりました。まったく何を想定していいかわからない状態で撮影を始めて、何となく撮影をする中で、いろいろわかってきたりわからなかったりするのですが、素材を編集する時、自分で見直してみて、何でこれを撮っているのか、というのを考えるのですね。どうしてこれを撮ったのか、という理由があるはずなので。たとえばこれは何かに惹かれているから撮ったのだとわかったら、じゃあどうして惹かれたのか、と考えて、そういうところから、断片的に繋げていって、何が浮かびあがるだろうかという実験作業のような感じでやっていました。手元にあるもので、パズルではないですけれども、形を見て、これとこれはうまくいってないな、と考えたり、いろいろ実験しているんです。ただ、どうしてその組み合わせがうまくいったか、またはうまくいかなかったかというのはあまり言語化することができず、感覚的にやっていました。

Q: 撮影中に、印象に残っている出来事はありますか?

OK: 実はもともと私はカナヅチだったのですが、今回はダイビングのライセンスを取り、タンクをつけて水中に潜りました。もうメキシコに行ってしまって、予約してお金を払ってしまったら、後には引けなくなってしまい、とてもドキドキしていました。

(構成:八木ひろ子)

インタビュアー:八木ひろ子、永山桃
写真撮影:大下由美/ビデオ撮影:大下由美/2019-10-12