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特別招待作品
  • 牧野物語・峠
  • にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活
  • とべない沈黙
  • ニッポン劇場 ―海を方法とした映像を―!
  • ある機関助士
  • 海とお月さまたち
  • 映画は生きものの記録である 土本典昭の仕事
  • ある機関助士

    An Engineer's Assistant

    - 日本/1963/日本語/カラー/35mm/37分/英語字幕版

    演出、脚本:土本典昭 
    撮影:根岸栄
    録音:安田哲男
    音楽:三木稔
    製作:小口禎三
    製作会社:岩波映画製作所
    提供:国際交流基金

    1962年、国鉄ではオリンピック準備に伴う資材運搬や新幹線配備等によるダイヤの過密化が進み、労働強化を強いられていた。同年5月2日には、三河島で大事故が起きた。国鉄当局は、事故の印象を一掃するため、鉄道の安全性をPRする映画を企画した。事故のあった常磐線の機関助士の1日を追う。



    海とお月さまたち

    Fishing Moon

    - 日本/1980/日本語/カラー/16mm(原版:35mm)/50分

    演出:土本典昭 撮影:瀬川順一
    録音:赤坂修一 音楽:松村禎三
    製作:茂木正年
    製作会社:日本記録映画研究所
    提供:シネ・アソシエ

    『水俣 ― 患者さんとその世界』(1971)以来、水俣に生きる人々を幾多の映像に描いてきた土本典昭監督が、児童向けに、海の潮の流れを支配する月と、その潮の流れを読んで漁をする漁師たち、そして不知火海に生きる様々な魚たちを詩的に描いた映像ファンタジー。



    【監督のことば】 『ある機関助士』(1963)は私のフィルモグラフィーの“第1作”とされている。

     この国鉄の安全PR映画は1962年に起きた常磐線三河島駅での大事故、その“自己批判”として企画された。当時、事故直後から事故の責任は「機関士、機関助士の不注意」と目されていた。この企画では新しい事故防止装置の普及が題目とされていた。が、過密な運行ダイヤこそ事故の真因と見ていた私は、あえて事故の路線を選んで、その安全運行の責任の担い手、機関士・機関助士らの実際の労働描写に力点を置いた。当時17社の入札で、このような曰くつきの路線の乗務員を主役にした話が、入札に入るとは予想もしなかった。私は演出者として、加害者側になった国鉄労組に足を運び、彼らの労働を分析的に描く話に理解と協力を得た。このシナリオが作品化し得たのは、労使双方が「滅びゆく機関車時代」に愛着を持っていたからであろう。企業が莫大な経費を使って、その乗務員の労働映画をつくった。それ自体、異例の映画となっていると言われた。PR映画しか途がないといわれた時代の作品である。

    -  『海とお月さまたち』(1980)。これは児童むけに作られたドキュメンタリーである。作りながら分ったのは、子どもらの映像の把握力がすばやく、飛躍したカットも理解する感性が備わっていること。その点、無声映画的な編集、映画詩的なシーンのほうが無心な子どもたちの頷きや感嘆に応えられるものだと学んだ。これはそうした映像本位の作品である。……耽美的なカメラマン瀬川順一、即物的描写力に長けた一之瀬正史の映像が35mmのフィルムに生かされた作品として残された。この映画の舞台は水俣と同じ内海・不知火海である。外洋から産卵にくる魚たちや、浅瀬に住むさまざまな生きもの……タコ、イカ、フグ、タイなどとの智慧くらべが漁師の生き甲斐であり、快楽なのだ。生き物との対話は指先と釣糸に凝縮されている。満月、半月、三日月と日々変わるお月さまたち、漁民の世界では、月がもうひとつの“太陽”であることを描いている。(このフィルムは水俣の患者=漁師さんに「水俣病事件の前の水俣の海が描かれているから」と最も好まれている)。


    - 土本典昭

    1928年 岐阜県土岐市生まれ。1956年岩波映画製作所に契約者として映画の仕事に入る。国鉄PR映画『ある機関助士』(1963)で監督デビュー。その後フリーとなり、『ドキュメント路上』(1964)、『シベリア人の世界』(1968)、『パルチザン前史』(1969)を経て、70年代より『水俣 ― 患者さんとその世界』(1971)など水俣映画を制作し、最新作の『みなまた日記 ― 甦える魂を訪ねて』(2004)は16本目の水俣作品。映画の製作のみでなく、水俣の映画を携えて、1975年に100日のカナダ横断上映旅行。1977年には100日間「不知火海・巡海映画班」として65地点で、上映会を76回開く。その他の作品に、新聞記事だけで原子力問題を描いた『原発切抜帖』(1982)、大津幸四郎とふたりで北方四島を取材した『存亡の海オホーツク』(1994)などがある。また、1989年にはアフガニスタンに取材し『よみがえれカレーズ』を製作。現在、映画同人シネ・アソシエとして、新作を構想中。著作に『映画は生きものの仕事である』『逆境のなかの記録』(両著とも未來社)などがある。