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YIDFF 2005 大歩向前走――台湾「全景」の試み
梅の実の味わい
郭笑芸(グオー・シャオウィン) 監督インタビュー

家族の埋もれた村で商売をする、たくましい人々


Q: 対象(國性郷南港村の朱三兄弟)を選んだ理由は?

KH: まずは、地震で180度変わってしまった戦場のような風景が、とにかくショックで、なかなかテーマが見つかりませんでした。ちょうど、『生命(いのち)』の呉乙峰監督が、同じ村で、離散していく家族を撮っていたので、私は逆に、あの状況の中でも、村に残っていく人々を撮りたいと思いました。

 結局私は、比較的おとなしい少数民族より、客家人の村人を選んだのですが、彼らはその中でも、とりわけたくましい人たちでした。厳しい環境の中で、自分で何とかしないと前には進めないからなのだろうけど、誰にも頼らず未来を切り開いていく、その凄まじいまでにタフな姿勢が、他の被災地には無い魅力だと私には思えたんですね。

Q: 逆に映像では、自然を取り込んだり、風景を長回しにした静かなショットが目に付きましたが、そのような映像を使った意図は?

KH: 地震という自然現象が、あの被災地を形作ったのだけど、そこから道を作り直す人もいれば、逆にそのままの状態で残して記念公園にしようとする人もいる。そのような、人間たちの営みの変化を見せたかったんです。しかしそうは言いながら、結局人間は、自然からは逃れられませんよね。季節や時間の流れもあるし、人間も自然という大きな枠組みの中で変化するんだということを表現したくて、意識的に織り込んでみました。

Q: パワフルな村人とのつきあいを続けて、苦労した点もあったのでは?

KH: 自分たちの利益や生存に結びつくことに関しては、彼らは積極的に発言するし、時にはカメラなどお構いなしに、利害関係をむき出しにしていました。普通ではあり得ない程の欲望をさらけだす彼らの生きざまを、きちんと記録しておきたいと思ったけど、実際、撮影するのは大変で、行きたくないな、と思ったこともありましたよ。一番驚いたのは、地震が起きて3カ月間、埋もれた家族を必死に探していたのに、今度は遺族が同じ場所を、観光地にして商売を始めたことです。その変わり方だけはどうしても納得いかなくて、しばらく撮る気にはなれなかった。

 しかし半年経った頃、観光地となった彼らの被災した家で、当時の写真を見て泣いているおばさんに「どうしたの?」って話し掛けたら、「私よりひどい被災者がいたなんて。もっと頑張らなきゃ」って。調べてみると、一番最初に観光に駆けつけたのは、村よりちょっと外側の地区の被災者だったんですね。あそこを見て、自分たちの励みにしたり、村人と被災の時の話をすることで心理的な傷を癒す人たちがいる、というのはおもしろいなあと思って、そこからまた撮影を再開したんです。

Q: ラストで結局、村は元の生活に戻っていきますが、撮り終えたことで、監督に見えてきたものは何ですか?

KH: 私がドキュメンタリーを始めた頃は、人間の善良な面ばかりとりあげようとしていたけれど、今回の作品を通じて、人間をもっと立体的な、複雑なものとして捉えるようになりました。「人ってそんなに単純じゃないんだよ」というメッセージを発して、観客に挑戦しているかもしれない。この作品を観客に見せると、同じ登場人物なのに、人によって好きだとか嫌いだとか、反応がまったく違っておもしろいんですよ。ただしそれを描くために、自分と対象だけでなく、村人同士の距離を掴んだり、時には記者的な位置まで引いたりして、複雑なアプローチを取る必要がありました。彼らには、記録を通して復興を手伝うという必要は無くて、どんどん自分たちの力で立ち上がって行きましたから。

(採録・構成:佐藤寛朗)

インタビュアー:佐藤寛朗/通訳:吉井孝史
写真撮影:和田光子/ビデオ撮影:山口佳秀/ 2005-10-06 東京にて