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YIDFF 2011 アジア千波万波
完全なる自由世界
レザ・ハエリ 監督インタビュー

もう一度、見る


Q: 服の中でもとくにジャケット(背広)にこだわっているのはどうしてでしょう?

RH: イランではジャケットは西洋そのものの象徴でもあるためです。ジャケットが西洋から流入してきたのは、ちょうど国内の政権が主導して西洋化が推進された時期にあたります。そのため、ジャケットが流入した途端に一気に国が変わったように感じられました。また、もうひとつの理由ですが、仕立屋が服を仕立てていくことと映画監督が映画を作ることは似たプロセスだと考えているためでもあります。映画作りの中で断片的な映像を織り合わせていくのは、仕立屋が布を継ぎ合わせて服を作っていくことと同じだと思うのです。

Q: 服がそれぞれの時代を映しているように感じられました。

RH: 過去の人物が服を着てカメラの前に立ち、その撮影された写真が残る。私たちが写真を通してそれらの服を見ていくと、ひとつの歴史が浮かび上がります。写真を積み重ねていくことで服装の変化を視覚的に表し、歴史を再構成できるのです。自分の祖父がジャケットを着た写真を見ると、なんだか彼らの体にフィットしていないように感じます。それは、もともとこのジャケットが私たちイラン人に合わせて作られているわけではないからです。編集しながらそれらの写真を見ていると、この西洋化の時代は私たちに馴染みのあるものではないのではないかと感じることがありました。この作品では、そのようなことを観客に伝えようと努めました。写真の中の服装の変化を、イランの「見る歴史」として受け取ってもらえればと願っています。

Q: 「見ること」と服の関係性についてどう考えていますか?

RH: イスラム教の教えでは、異性を偶然見てしまうことは問題ありませんが、もう一度見るとタブーになります。しかし、私はこの「もう一度見る」ということからアートが生まれてくるのではないかと思います。もう一度見るということは、ただ見ることではありません。何か美しいものを見るために意識的に見るわけですから、そこからアートが生まれてくる契機になりうるかもしれないのです。イスラム世界では偶像崇拝が基本的には禁じられていますから、大きい画面に肖像画を描くことは禁止されています。しかし700年前から「ミニアチュール」という手法によって、小さい画面にだけは女性の美しい姿が描かれてきました。ミニアチュールも「もう一度見る」ということから始まっているのだと思います。また、詩に関しても同様で、物事をよく見ることから詩を作ろうという気分が湧いてくるのではないかと思います。「見る」ということは私たちの国にとってはとてもデリケートな行為なのです。そうした文化的伝統の中で、突然写真や映像が外部から入ってきました。その結果、見るということが突然自分の元から離れていってしまいました。そうした思いもこの映画の中に表そうと思いました。

Q: ナレーションを、男性と女性のふたりが読み上げていましたが?

RH: これも2度目に意識して見るということと関わりますが、私は映画に男女の関係を描きたいという思いをつねに持っています。しかしこの映画には誰も役者が出てこないので、ナレーターにそれを演じてもらおうと思ったのです。ナレーターの男女は、映画の中でお互いに向かって手紙を書いています。手紙を読み上げていくことでこの映画をラブストーリーとして仕立てたいと思ったのです。

(採録・構成:大場真帆)

インタビュアー:大場真帆、仁平晴香/通訳:高田フルーク
写真撮影:土田修平/ビデオ撮影:梅木壮一/2011-10-08