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YIDFF 2013 ともにある Cinema with Us 2013
遺言 ― 原発さえなければ
豊田直巳 監督、野田雅也 監督インタビュー

記録することの意味――意図していないことから見えるもの


Q: この映画は、震災以後の福島の800日間の記録ですが、撮影開始当初の状況はどのようなものだったのでしょうか?

野田雅也(NM): 震災直後は、本当に毎日どこかで何かが起きているっていう状況だったので、ただその日その日に起きていることを撮影していく、記録していくってことだけで精一杯でした。

Q: 現在も取材は継続しているのですか?

豊田直巳(TN): この映画は2013年4月の段階を区切りとしてまとめたものですけれども、撮影を含めて、現在も取材活動は続けています。この映画祭での上映に、出演者の酪農家の方に観に来ていただいて、その時に、「この映画を観て、改めて記録の重要さを感じた」ということや「撮影を続けることはあなたの義務でしょう」というようなことを言われました。そのことがある意味では嬉しかったですし、出演してくださる方がいる限りは撮影を続けていきたいと思います。

Q: この映画を通して伝えたかったことは何ですか?

TN: 私たちの映画は、何かを暴くというようなものではありません。あの何が起こっているのかよく分からない状況の中、それでもその中を生きていかなければならない、そういう人びとの姿を淡々と描いてきたつもりです。そして私たちは、そのような人びとがいたこと、そして今もなおいることを決して忘れてはいけない。忘れないためにこれからも記録し続け、作品を発表していきたいと考えています。

NM: 映画を見てもらうと分かるのですが、事故直後というのは、「被害状況」というのを撮影してきました。しかし徐々にカメラを向ける方向は、「ひとりひとりの人間性」へとシフトしていきます。人のつながりや愛情、地域への思いであるとか、そういった放射能の被害があったからこそ、かえって見えてくる人間の側面というのを撮るようになって、ヒューマンドキュメンタリーのようになっていきました。そのように内面を描きながら、人びとがどのように生きていくのかというのを、これからも撮り続けたいと思っています。

Q: 今後、撮りためた映像を公開することは考えていますか?

NM: 映画を改めて見返してみて、震災直後の映像というのは、映画に使っていない部分も含めて、年月が経てば経つほどその貴重さに気づいていくものだと感じました。2年前のこの映像を自分でも価値のあるものであると思っているのと同じように、もしかすると20年後や30年後には、映画には使わなかった素材でも、たいへんな意味を持つものが出てくるかもしれない。そのことが正に映像の力、記録の力、ドキュメンタリーの力だと思います。

TN: それに関連させて言うと、記録の力というのは、撮っている私たちに分からなくても、その記録を別の人が異なった視点から見ると、また新たに明らかになることもある、ということだと思います。自分では意図していなかった部分に光が当てられることもあるわけです。

NM: 時間が経って初めて明らかになることも、たくさんあると思います。今回は20キロ圏内の映像はほとんど使ってないですが、本当に事故直後の映像はたくさんあるんですよ。今回は作品のテーマの関係で省いたそういった映像も、今後何らかのかたちで発表していけたらと思っています。

(採録・構成:藤川聖久)

インタビュアー:藤川聖久、鵜飼桜子
写真撮影:野村征宏/ビデオ撮影:室谷とよこ/2013-10-12