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YIDFF 2015 アジア千波万波
ミーナーについてのお話
カウェー・マザーヘリー 監督インタビュー

不便に見える生活に、満足していた


Q: 画面に映るミーナーからは、日々の生活を生き抜く逞しさを備えつつ、どこか達観している女性、という印象を受けました。監督が彼女と実際に会ったとき、どのような印象を抱きましたか?

KM: 最初に彼女たちのいる公園に来たとき、遠くで火が焚かれていて、何人かがそこに集まっているのを見たのですが、遠くから見ていると、ミーナーは男なのか女なのかもわかりませんでした。

 私は1カ月前から彼女たちの様子を見て、それから彼女たちに近づきました。そして、彼女は私を見て最初に「どうぞ入ってください」と言ったのです。入ってくださいと言っても、特に入り口や部屋があるわけではありません。この時私は、彼女の頭の中にはどこが家の台所であるかとか、居間であるかといった家のイメージがあるのだと思いました。彼女は壁にいろいろなものを掛けていましたし、また火を焚いているところはおそらく台所としているのだろうと思いました。

 私は、ミーナーは他のホームレスの人とは違う、という印象を受けました。彼女を被写体として選んだのは、彼女が頭の中で作っているその家に入りたいな、と思ったからです。

Q: では、彼女にとっての公園とは、まさしく家なのでしょうか。また、彼女の周りにいる人々は、彼女にとって家族のようなものなのでしょうか?

KM: 象徴的なエピソードがあります。市内に大雪が降ったことがあり、彼女のいる南のほうでも30センチメートル位の雪が積もりました。その状況下では人はほとんど生きていられないと私は思いましたが、それでも彼女は生き抜きました。

 また、撮影していたある晩に大雨が降ったとき「こんな夜に、あの公園にはいないだろう」と思いながら、2、3人のクルー皆で様子を見に行きました。すると実際、そこには誰もいなかったのですが、土砂降りのなか、ミーナーだけがまだ自分の家にいたのです。

 周りの人たちが家族のようなものという考え方もあるでしょうが、彼女は家族というよりも、周りの人たちにとってのゴッドマザーともいうべき存在だと感じました。彼女には、いつも一緒にいる犬たちがいます。そして周りの人たちは、一時的な人もいれば、もっと長い人もいますが、その人たちにとってミーナーは母というよりも、家族というよりも大きな存在であると思うのです。

Q: 監督が子どもの頃、お父様が自分たち兄弟を捨てて路上生活をしていたという話をうかがいました。この映画は、そのお父様への疑問を掘り下げる試みだそうですね。映画を撮り終えて、いろいろな方の意見や感想を聞く機会もあったと思いますが、お父様への疑問について、理解は深まったのでしょうか?

KM: ミーナーも、私たちから見ればやはり貧しく、寝るときも満足に雨風もしのげない暮らしをしています。いい生活をしているようには見えないかもしれません。しかし彼女はそれで満足していますし、私の父も、ミーナーのようにその生活に満足していたのかもしれません。父は自分の家族への責任が一切なくなり、もしかしたら彼女と同じように、一見不便な生活ですが、そのほうが満足だったのかもしれません。

 この映画を作っていて、様々な人と話したのですが、ほとんどの場合、女性のほうがこの映画のもっと細かいところを観ていました。この映画は男性よりも女性の方に関心を持っていただいているのだと感じました。

(採録・構成:大丸聖夏乃)

インタビュアー:大丸聖夏乃、福島奈々/通訳:高田フルーク
写真撮影:岩田康平/ビデオ撮影:宇野由希子/2015-10-09