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YIDFF 2019 日本プログラム
アリ地獄天国
土屋トカチ 監督インタビュー

職場で苦しむ人を、撮ることで支える


Q: 主人公の西村さんとの出会い、撮るきっかけなどを教えてもらえますか?

TT: 西村さんとの出会いは、私が記者会見の撮影を担当した時でした。「罪状」と題した、氏名と顔写真入りで解雇理由を書いた紙を全店に貼られ、弁護団が仮処分の申し立てなどをしたのですが、復職先はシュレッダー係。社内中に、差別的な言葉が書かれた紙がたくさん貼ってありました。こんな酷い会社があるんだと衝撃的だったんです。映画にしなければと思うようになった大きなきっかけは、西村さんのお母様が亡くなった時に、実家に西村さんを罵倒するような内容の文書が届いたことでした。彼を支えなければいけないと強く感じました。取材や映画のためというよりも、彼を支え続けたいという思いで撮影していました。

Q: 争議の過程だけでなく、監督と友人「やまちゃん」のことも含め、さまざまな角度から描かれているところに誠実さを感じました。あのような構成にされた経緯をお聞かせいただけますか?

TT: 私にとってやまちゃんの問題は大きく、そのくだりになると手が進まず、思考が止まってしまいました。彼に「撮って」と言われながら、なぜ撮らなかったのか。もちろん、撮らなかった理由は自分の中にありますが、本当に苦しかった。彼は職場でいじめにあって、私の勧めで労働組合に入ったけど、もっとちゃんと関わってあげていれば違っていたかもしれない。嫌ですよ、友だちが死んでしまうのは。私は「映画監督です」なんて言っていますが「友だちを救えなかった一人」なんです。関係者からは、やまちゃんのシーンは入れない方がいいという意見も多くあり、せめぎ合いが自分自身の中で続きましたが、観客に対して、ただ会社と戦って和解して終わるだけの映画になっていないか? という疑問がありました。若くして過労自死する人もたくさんいるなか、自身の職場について考えてもらったり、今まさに辛くて死んでしまおうかと思っている人、その家族や友人に伝わってほしい。そのためには主人公や労働組合の強さだけでなく、自分の弱さを見せるほうがより伝わると思って入れています。そういう人を、命を、少しでも救うことができたなら、この映画の意味はあると思って作っていきました。

Q: 会社を辞めるという選択肢もあるなかで、主人公が会社と戦うことを選んだのは何故だと思われますか?

TT: 辞めたいという気持ちは彼の中には無く、営業を続けたいと思っていたんです。営業に戻った時の彼の顔がすごく良かったですよね。もちろん辞めてもいいんだけれど、そうしたら似たような職場環境は残るし、それがまた自分より後輩に伝わっていく。彼も過去に管理職をやっていて、自分の後輩にも弁償金を払えと言っていた側だった、だけど違う側に今はいる、これを「改めたい」「改めないと自分が辞める理由も無い」ということをずっと言っていました。はじめは彼も誰かに救ってほしいという感じでした。しかし労働組合に参加して、同じような酷い目にあっている人に出会うことによって、これは自分の職場だけの問題じゃないんだということが、次第にわかってきたのだと思います。日本中、世界中に同じような職場がある、それをなんとか変える、変えられるんだということを残したいと思ってくれていたのかもしれません。

(構成:森崎花)

インタビュアー:森崎花、佐藤寛朗
写真撮影:魏肇儀/ビデオ撮影:加藤孝信/2019-10-05 東京にて