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「現実の創造的劇化」:戦時期日本ドキュメンタリー再考

生活を撮る



現実社会をとらえようとした作り手たちは、従来「画にならない」とされてきた日常生活の内部へとカメラを向けていく。厳しい境遇の下で生きる人々の住居環境、健康管理、子育てといった問題とその改善策を示してみせる4作品。こうした発想とアプローチは、戦後まで着実につながっていった。


住宅問題

Housing Problems

イギリス/1935/英語/モノクロ/35mm/15分

監督、製作:アーサー・エルトン、エドガー・H・アンスティ
撮影:ジョン・テイラー
録音:ヨーク・スカーレット
制作助手:ルビー・グリアスン
出資:英国商業ガス協会
提供:BFI National Archive

ロンドンのスラム街の劣悪な居住環境を次々と明るみに出し、さらにその解決策としての住宅整備を提案する。住民たちがカメラとマイクに向かって自らの意見を語るという、今日では常套的なインタビュー形式の原型と言える手法を採っているが、出演者たちは一定の指導を受けたうえで撮影に臨んだという。模型を用いた建築計画の解説も挟みつつ、ラストは赤ん坊も老人も犬も猫も集まる路地裏の光景に、実情を訴える住民たちの声が重なる。住宅整備をつうじたガス利用の普及を見込んだ業界団体が出資した。



医者のゐない村

Village Without a Doctor

日本/1940/日本語/モノクロ/35mm/13分

監督:伊東寿恵男
撮影:白井茂
音楽:服部正
製作会社:東宝映画文化映画部(東宝教育映画)
提供:国立映画アーカイブ

岩手県の山村にカメラを持ち込み、無医村の深刻な実態を直截に伝えながら、巡回診療班の活動を紹介した一作。都市部の最新の病院施設と前近代的な農村の家々や病人たちとの対比、そうした村の窮状を救うべく登場する診療班の描写など、明瞭な語り口が展開される。終盤では、病に伏せる老若男女のクロースアップに字幕を重ね、巡回だけでは未だ不十分と訴えかけたのち、村民自身による診療所の設置を提言する。監督の伊東は戦後すぐ、『広島・長崎における原子爆弾の効果』(1946)の制作に携わった。



農村住宅改善

Renovating Farm Houses

日本/1941/日本語/モノクロ/16mm/20分 ※戦後公開版

監督:野田真吉
監修:[戦後公開版]竹内芳太郎
撮影:福田三郎
編集:山田耕造
製作会社:東宝映画文化映画部、[戦後公開版]教材映画製作協同組合
提供:国立映画アーカイブ

民俗学・建築学者の今和次郎(作中に出演)が取り組んでいた農村住宅の改善運動を題材に、東北地方の農家の住居にみられる問題点をつぶさに指摘し、具体的な改善策を示している。家の間取り図を用いたアニメーションによって、主婦の朝の仕事における動線の無駄を明らかにしていく中盤のシーンは斬新で、戦後に個性的なドキュメンタリーを次々と手がけた野田の傾向がすでに見てとれる。現存するのは戦後公開版で、冒頭とラストの各1分半ほどのシーンと全篇にわたるナレーションはそのさいに追加されたと推察される。



或る保姆の記録

Record of a Nursery

日本/1941/日本語/モノクロ/16mm/35分 ※戦後公開版

監督:水木荘也
構成:厚木たか 撮影:橋本龍雄、龍神孝正 音楽:深井史郎 製作:大村英之助 製作会社:芸術映画社
提供:国立映画アーカイブ

東京の工場街にあった戸越保育所の先進的な取り組みを保姆の視点で描き、子どもたちの自然な姿をありありと活写した一篇。脚本と構成を担った厚木(ローサ著『ドキュメンタリー映画』の邦訳者)によれば、保姆たちと交流を深めた結果、彼女らも撮影現場で「スタッフの協同者」として積極的なシーン作りを引き受けたという。演出の水木も柔軟なカメラワークと同時録音を駆使し、花壇作り、歌あそび、給食、運動会といった、保育所の日々の営みをすくい取った。戸越保育所の設立者が芸術映画社の代表・大村英之助の妻の鈴子であったことも製作の背景にある。6巻(60分前後)の長篇だったが、現存するのは戦後の短縮版のみ。



上映後トーク

土地と鉄路
フィオードロワ・アナスタシア(ロシア国立研究大学高等経済学院准教授)

現場の呼吸
マーク・ノーネス(ミシガン大学アジア映画学教授)

生活を撮る
岡田秀則(国立映画アーカイブ主任研究員)