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審査員
広瀬奈々子


- ●審査員のことば

 他者のことはわからない。わからないからこそ知りたいということ。既知を疑うということ。

 被写体は自分ではないということ。時として、撮る者が望んでいないような、まったく予測のつかない行動に出たり、発言をしたりする。

 カメラは、被写体と撮る者との関係性を映し出すということ。

 映画制作は莫大なお金がかかる。お金を工面することも、スケジュールを調整することも、つくることの一環だということ。

 撮るものはコントロールできないことばかり。偶然の連なりが、物語を紡ぐということ。

 疑いようもなく、映画が先にあるのではなく、世界が先にあるのだということ。

 

 これらの当たり前のことを、フィクションはたびたびおざなりにします。一方で、ドキュメンタリーを撮るとき、上記のことを意識しない人は恐らくいないでしょう。

 自らカメラを持ち、自ら交渉し、自ら製作を担えば必ず、取材対象を知るための情報量、その分析力、それ以前に人としてのあり方を、大前提として問われるからです。手伝ってくれるスタッフのご飯の心配をしなければならないし、取材先にお礼を渡さなければいけません。カメラの加害性を踏まえ、誠実さとは何か、公開後もずっと考えざるを得ません。クリエイティブなどという言葉からは程遠い、地味で、地道な作業の連続です。でも、それが映画づくりの大半です。ドキュメンタリーは常に、世界に、他者に畏怖を持つことから始まります。

 だからこそ私はドキュメンタリーに敬意を感じていますし、ドキュメンタリーとフィクションを切り分けて考えることができません。

 

 今回このような大変貴重な機会をいただき、心から感謝しています。世界に誇る山形国際ドキュメンタリー映画祭で、たくさんの新しい眼差しや視座と出会えることが、今からとても楽しみです。勉強させてください。


広瀬奈々子

1987年生まれ。2011年より分福に所属。是枝裕和監督のもとで監督助手を務め、『そして父になる』(2013)や『海街diary』(2015)、西川美和監督の『永い言い訳』(2016)などに参加。2019年に『夜明け』でオリジナル脚本・監督デビュー。同年にドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』を公開。