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YIDFF 2011 アジア千波万波
ブリーフ・ヒストリー・オブ・メモリー
チュラヤーンノン・シリポン 監督インタビュー

抽象という手段


Q: 政治的な話題など、上映後の質疑応答が活発でしたね。この映画をタイで上映したとしたら、政治的にどちらかの立場に立っていると受け止められるのでしょうか?

CS: タイの政治の話題はセンシティブなので、会場での政治的な質問には、身の危険が無いように、なるべく政治的に中立的になるように答えようとしていました。映画では自分の立場は明確にしていないつもりですが、タイで上映したときには、私の政治的な立場を決めつけてくる観客もいました。政治的なテーマを取り上げたときには避けられないことだと思っています。

Q: タイトルが示唆するように、「記憶」がこの作品の主題かと思います。映画に登場する、政治的事件で息子を亡くした母親の記憶は非常に鮮明ですが、多くのタイの大衆からは悲劇の記憶というのは薄れつつあるのでしょうか? そして、タイの人々に、この映画を記録として見返してもらうことを期待していらっしゃいますか?

CS: ある意味そうですね。政治的な事件で息子を失った母親の声を記録するとともに、タイの人たちが完全な民主主義を求める過程で、どんな痛みを通り過ぎたかを忘れて欲しくない、将来この短い期間の出来事を振り返ってもらいたい、との思いで制作しました。また、社会の末端に位置するような一員からの視点が、大きな政治問題とリンクできるということを記録したかったのです。

Q: 今回の作品を撮りはじめた経緯を教えてください。

CS: 友人がナン・ルーン地区を対象にした短編映画を企画しており、そのテーマで撮影する6人の監督のうちのひとりとして誘われたんです。

Q: 同じ地区についての6人の監督の作品が並ぶということで、自分のカラーを強く出そうと意識はされましたか?

CS: むしろこれまでの自分の作品と違って、コミュニティやスラムを取り上げるときに、自分自身をテーマに入れるべきではないと思いました。視野を広げてコミュニティを理解すべきだと感じたのです。その一方で、自分の好きな表現のスタイルにこだわりたいと思い、抽象的なスタイルを取っています。ストレートに政治に言及するのではなく、比喩を用いて権力と権力下にある人々を描きました。抽象的な手法というのは、大きなテーマや複雑なテーマを少しソフトにしてくれるのではないかと思いました。

Q: ふたつの映像を重ね合わせたり、静止画を挟み込んだりする編集など、映像で実験的なことを行っていますが、それも強すぎる政治的なメッセージを和らげる、という意図があったのでしょうか?

CS: 実験的な映像は、第一には息子を失ったひとりの母親の悲しみの表現であり、政治問題をソフトにする手段であり、それに加えて、タイの迷信の比喩でもあります。あの地区では、死者ともコミュニケーションが取れるという迷信があり、母親はまだ息子が生きていて、コミュニケーションができると信じていました。それを映像で表現したのです。

Q: 今回新たに採り入れてうまくいったと感じている映像表現はありますか?

CS: 白い丸の映像は、過去に制作した『Round Objects』(2007)という、丸だけが映っている短編実験映画のフッテージを使いました。新しいデジカメで写真を撮ると、白くて丸いものが映ることがあり、それが死者の霊ではないかという迷信がタイで昨年流行ったのです。実際は水蒸気が映っていたのですが。それを今回テクニックとして採り入れました。

(採録・構成:井上雅史)

インタビュアー:井上雅史、慶野優太郎/通訳:高杉美和
写真撮影:二瓶知美/ビデオ撮影:遠藤奈緒/2011-10-07