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受賞作品 審査員コメント


インターナショナル・コンペティション

審査員:イグナシオ・アグエロ(審査員長)、ディナ・ヨルダノヴァ、ランジャン・パリット、七里圭

総評
イグナシオ・アグエロ

 みなさん、こんばんは。私は1989年、『100人の子供たちが列車を待っている』という作品で第1回映画祭のインターナショナル・コンペティションに参加して以来、今回で4度目の来形であります。ふたたびこうして山形のみなさんにお会いできたことは私にとって本当に有意義でエキサイティングなことです。
 そして初回以来、すでに私に馴染みの深くなったこの美しい街で、実に何千本ものドキュメンタリー映画が上映されてきたのです。

 審査員のひとり、七里圭さんが「審査員のことば」のなかで、「ドキュメンタリーの大海に翻弄されてめためたになってしまうのでしょう」と書きました。
 ケイの言うとおり、この数日間私たちは、歴史とアイデンティティ、政治と紛争、移民と亡命といったテーマを描き、愛の思い出や、溶解してゆく自己、記憶の亡霊や移ろいゆく時間(とき)の美しさを映し出した、多種多様なドキュメンタリー映画の、驚きに満ちた広大な大海原を、ときにその水に深く浸りながら、航海してきました。
 波伝谷(はでんや)からカラブリア、ブロンクスを通ってアジアへと戻り、今度はウーハンやニンホアからグジャラートやスービックへと、そしてリオ・デ・ジャネイロからプラハへというように、世界のあちこちを漂流してきました。
 その景色は美しいものから不穏なものまで、そしてその方法は、対象に長期寄り添い取材したものや過去の出来事を再現したものまで、カメラワークもときには静止から激しい水流のように揺れ動くものまで、実に様々ですが、いずれもアーカイブ映像や映画的引用の綿密かつ広範なリサーチに基づいていました。

 私たち審査員にとって、この5日間の旅は、大変ではありましたがそれ以上に幸せな、すばらしい時間でした。私たちの議論のなかで繰り返し取り沙汰されたのは、誰が誰について語るのか、ドキュメンタリー映画の本質とは何かという、終わりのない問いであります。
 民主的なセレクションを通して組まれた、深い示唆に富んだプログラミング、新人監督が尊敬すべきベテランたちと肩を並べる見事なプログラムを背景に、私たちは今一度、その議論をおさらいする機会をいただいたわけであります。

 30年近い歴史のなかで、山形国際ドキュメンタリー映画祭はアジアにおいてもっとも権威ある映画祭としての地位を築き上げてきました。その高い水準は世界のドキュメンタリー映画界においてこの上ない評価を得ています。

 周到かつ入念な作品選出のプロセス、
 芸術的決定における最高のプロフェッショナリズム、
 強い関心と熱意を持った観客、
 優秀な翻訳者たち、
 煩わしい非常灯の消灯も含めた、上映技術面の高いクォリティ、
 そしてスタッフやボランティアのみなさんの温かく惜しみない働きぶり
 私たちはこうしたことに深い感銘を受けています。

 山形の地域コミュニティ全体の努力によって実現しているこの映画祭は、ユネスコのお墨付きがあろうとなかろうと、創造都市山形の名を、世界地図の上にはっきり刻んでいるのだと思います。
 審査委員一同、この豊かで充実した体験をさせていただいたことを深く感謝しています。


●ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
オラとニコデムの家
ポーランド/2016/72分
監督:
アンナ・ザメツカ

すべての側面において曇りのない明晰なこの映画は、透明感あふれるラディカルな仕方で登場人物と協働することにより、主人公の魂との絆の物語を究極の高みへと押し上げることに成功した。この映画は家族のドラマの中心へと侵入し、登場人物たちを愛おしい存在へと変える。監督の長編デビュー作は、彼女が豊かな才能の持ち主であることをはっきりと示した。


●山形市長賞(最優秀賞)
カーキ色の記憶
カタール/2016/108分
監督:
アルフォーズ・タンジュール

「濁流に抗って川をさかのぼる鮭は、生まれた場所に戻って命を繋ぐ。しかし川が売られてしまったら、川辺に上がって死んでしまうだろう……。」――映画に登場する主人公のひとりがこう言う。この力強い作品はカーキ色を世界中の制服族と抑圧の象徴として扱い、亡命という状態を表すメタファーとなっている。


●優秀賞
孤独な存在
中国/2016/77分
監督:
沙青(シャー・チン)

言葉を発せず、行動に示さずとも、人の考えや心中はそのまなざしに表れる。目だけでなく耳にもいえる。例えば外界の喧騒から、何がどのように聞こえているか。それは、人の意識を反映する。この作品の繊細なショットの一つ一つ、巧みに構成されたサウンドは、つつましくも見事にそれを達成している。そして、人の根源的な孤独について、深く思索し描いている。


●優秀賞
私はあなたのニグロではない
アメリカ、フランス、ベルギー、スイス/2016/93分
監督:
ラウル・ペック

『私はあなたのニグロではない』という映画は、即時的な賞賛を凌駕し、はるか後世まで影響力を及ぼすだろう。審査員はその情熱と雄弁さ、その明快な立論、その引用素材の圧倒的な力、そしてその怒りの優美さを評価する。


●特別賞
激情の時
ブラジル/2017/127分
監督:
ジョアン・モレイラ・サレス

複雑ながら非常に美しい映画。あるひとつの世界を映像の連関の中に組み立て、数々の歴史的瞬間を蘇らせると同時に見る者に深い思索を促す。新たに撮影したフッテージはひとつもなく、すべて既存の映像だけを縫い合わせた本作は、個人的な空間から歴史上の様々な空間へと転々と飛び回る。そうして労働者たちが工場から出てくるところを捉えた映画の始まり以来今日まで連綿と続けられてきた、見つめること、見直すこと、考えることの喜びと仕事とを観客の中にもう一度呼び覚ます。

 


アジア千波万波

審査員:テディ・コー、塩崎登史子

総評

 まず、21作品の監督のみなさんに祝福を述べます。皆さんは、アジア千波万波への約700本の応募の中から、選ばれて今年の映画祭で上映されたのですから、すでに受賞者であるのです。ドキュメンタリー映画製作は、ロバート・フラハティやヨリス・イヴェンスといったパイオニアの時代から、大きな変化を遂げてきました。この映画祭期間中、私たち審査員は、多様なドキュメンタリーの形を目の当たりにしました。観察に徹する作品から、フィクションの要素を取り入れたもの、事実に主眼を置くものや、詩的な映画もありました。また、インタビュー、ファウンドフッテージ、時系列ではないモンタージュ、サウンドアート、長回しのロングテークといった、様々な手法が見て取れました。

 前置きはこれくらいにしましょう。要はこういうことです。この1年半、世界は大きな変化のただ中にあります。フェイクニュース、オルタナティブファクト、独裁主義の影が忍び寄っている時代においては、そういった不穏な動きに対抗する真実の力がより必要とされています。今まさに、ドキュメンタリー映画の原点に立ち返り、技巧に頼らず現実と対峙し、真実を映し出す重要な役割をドキュメンタリーは担っていると私たちは考えています。しかし、それと同時に、ドキュメンタリーに必要な最も重要な要素は、人間の条件であることを忘れてはなりません。

 1989年の第1回山形映画祭で、私は小川紳介監督と会って話すことができました。彼の映画に対する情熱と、日本の人々の生活にある真実を映画に映し出す献身的な態度に、私は刺激を受けました。また、小川さんは、ドキュメンタリー製作において、新しいアイディアや方法についても語っていました。最初の映画祭から28年間、彼の存在は、映画祭の導き手であったとも言えるでしょう。彼の精神が、ここにいる全ての映画監督に宿らんことを。


●小川紳介賞
乱世備忘 ― 僕らの雨傘運動
香港/2016/128分
監督:
陳梓桓(チャン・ジーウン)

抵抗の精神を推し広げ、理想を追い求める若者たちが今の社会に対して抱く不安を受け止めた本作品は、公正、自由、そして寛容な社会を築くために、抑圧する権力と無関心の風潮に対して、勇気を持って最前線で立ち向かいました。陳梓桓(チャン・ジーウン)監督の『乱世備忘 ― 僕らの雨傘運動』に小川紳介賞をおくります。


●奨励賞
人として暮らす
韓国/2016/69分
監督:
ソン・ユニョク

監督は、社会の底辺に生きるホームレスの人々の生活に入り込み、厳しい生活の中にあっても確かに存在する人間性を描き、登場人物たちの思いを際立たせることで、彼らに対する共感を呼び起こしました。奨励賞をソン・ユニョク監督の『人として暮らす』におくります。


●奨励賞
あまねき調べ
インド/2017/83分
監督:
アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール

政治的紛争が絶えない地で、民族間の確執、言葉、文化的分断といった壁を乗り越えて撮影されたこの作品は、明るく生きる人々の日々の営みを美しいシンフォニーのように奏でます。奨励賞をアヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール監督の『あまねき調べ』におくります。


●特別賞
パムソム海賊団、ソウル・インフェルノ
韓国/2017/119分
監督:
チョン・ユンソク

マルチメディアの映像、音響、ポップグラフィック、アニメーションを駆使し、全速力で疾走し、ドキュメンタリーという形式に対して、遊び心と陽気さでもって挑んだ作品、チョン・ユンソク監督『パムソム海賊団、ソウル・インフェルノ』に審査員特別賞をおくります。


●特別賞
翡翠之城
台湾、ミャンマー/2016/99分
監督:
趙德胤(チャオ・ダーイン/ミディ・ジー)

映画を通じて、兄の物語をひも解くパーソナルジャーニーに船出した監督は、自身と家族の内なる真実を見いだしました。兄の犠牲の上に今がある監督自身が、家族にとって翡翠のようなかけがえのない存在になった、と言えるでしょう。審査員特別賞をミディ・ジー監督『翡翠之城』におくります。

 


市民賞

ニッポン国VS泉南石綿村
日本/2017/215分
監督:
原一男

 


日本映画監督協会賞

審査員:ジャン・ユンカーマン、中村義洋、根来ゆう、高原秀和
あまねき調べ
インド/2017/83分
監督:
アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール

映像人類学はフラハティからドキュメンタリーのルーツでもあるけど、今の時代で、民族や宗教の深刻な対立や紛争が続く中では、その仕事の危険性と共に意義を増しています。
 この映画の舞台、インドのナガランド州には残酷な歴史があって、今も紛争が続いている中で、村の恊働作業と歌が人々の絆を支えて、地域社会の力になっています。
 村の生活と歌のリズムを経験させてくれるこの映画が、各カットの画像構図から、対象との距離間、編集構成のセンスや音の響きまで、優れた才能を示しています。
 笑い声ではじまり、笑い声で終わる映画はめったに出会いません。
 この作品が映画の可能性と共に人間の可能性を広げてくれます。