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ドラマティック・サイエンス! 〜やまがた科学劇場〜
  • 科学という芸術:ジャン・パンルヴェの愉快な世界
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  • A program 科学という芸術:ジャン・パンルヴェの愉快な世界



    - 海の生き物を扱った作品を中心に、生涯に200本以上の科学映画を送り出したフランスの監督ジャン・パンルヴェ(1902〜1989)。若い頃にはアヴァンギャルド芸術にも関心を抱き、その作品は常に《知識》と《美》というふたつの方向を指し示した。真摯な探究心とユーモラスな遊び心を兼ね備えた、それらの作品の魅力は今も色褪せることがない。その科学映画人生のシンボルになった代表作『タツノオトシゴ』をはじめ、世界の科学映画界のリーダーでもあったパンルヴェの主要作品8本を紹介する。

    (岡田秀則)



    - タツノオトシゴ

    The Sea Horse
    L'Hippocampe ou "cheval marin"

    フランス/1934/フランス語/モノクロ/DVD(原版:35mm)/13分

    監督:ジャン・パンルヴェ 撮影:アンドレ・レイモン 
    音楽:ダリウス・ミヨー 解説:ベン・ダヌー 
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    -タツノオトシゴの生態をつぶさに捉え、この魚をパンルヴェの科学映画の仕事のシンボルにした記念碑的な作品。垂直姿勢で泳ぐメカニズム、メスに産みつけられた卵をオスが養育する風変わりな習性などに着目しているが、画面構成には前衛映画からの影響も感じ取れる。



    - 四次元

    The Fourth Dimension
    La quatrième dimension

    フランス/1937/フランス語/モノクロ/DVD(原版:35mm)/10分

    監督:アシーユ・ピエール・デュフール 製作:ジャン・パンルヴェ
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    自ら科学映画協会を設立して会長となったパンルヴェは、1930年代には数学や天文学に関する博覧会向けの映画をプロデュースした。これは特殊効果の技術者A・P・デュフールに演出させた作品で、線画を用いて、映画に四次元の概念を表現しようと挑戦した野心作である。



    - 吸血コウモリ

    The Vampire
    Le vampire

    フランス/1939-45/フランス語/モノクロ/DVD(原版:35mm)/9分

    監督:ジャン・パンルヴェ 撮影:アンドレ・レイモン
    音楽:デューク・エリントン 提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    パストゥール研究所の依頼により、牛馬を襲う南米のコウモリの生態を探求した一篇で、巧みな編集により、小動物の血を吸うまでの行動をフィルムに収めている。コウモリの紹介の前に、吸血する生き物の例としてフリードリッヒ・W・ムルナウ監督の傑作『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)が引用されているのが興味深い。



    - ウニ

    Sea Urchins
    Oursins

    フランス/1954/フランス語/カラー/DVD(原版:35mm)/11分

    監督:ジャン・パンルヴェ 監督助手:ジュヌヴィエーヴ・アモン
    撮影:クロード・ボーソレイユ 
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    パンルヴェ初のカラー作品で、無声時代に製作した同名作品の色彩版リメイク。ウニの棘の複雑な機能を解明しただけでなく、棘の大胆な拡大撮影にはアブストラクト・シネマの趣もある。浜辺にウニを並べて題名や監督名を示すなどの表現もユーモラス。



    - エビのはなし

    Shrimp Stories
    Histoires de crevettes

    フランス/1964/フランス語/カラー/DVD(原版:35mm)/10分

    監督:ジャン・パンルヴェ、ジュヌヴィエーヴ・アモン 
    音楽:ピエール・コンテ
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    海辺の楽しい遊びである「エビ採り」から説き起こし、エビの足の機能や捕食のシステム、生殖、幼生の変態などを丁寧に解説している。この頃から、パンルヴェの伴侶ジネット(ジュヌヴィエーヴ・アモン)が共同監督としてクレジットされている。



    - タコの性生活

    The Love Life of the Octopus
    Les amours de la pieuvre

    フランス/1965/フランス語/カラー/DVD(原版:35mm)/13分

    監督:ジャン・パンルヴェ、ジュヌヴィエーヴ・アモン
    音楽:ピエール・アンリ
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    -2匹のタコが近づきあって長時間にわたる交尾を行い、やがて産卵と孵化に至るまでを粘り強く観察した1本。冒頭で、硬い殻を持つカニをタコが苦もなく粉砕し、捕食する様も見どころである。ミュージック・コンクレートの電子音が効果的に使われている。



    - アセラ、または魔女の踊り

    Acera, or the Witches' Dance
    Acéra ou le bal des sorcières

    フランス/1972/フランス語/カラー/DVD(原版:35mm)/13分

    監督:ジャン・パンルヴェ、ジュヌヴィエーヴ・アモン
    音楽:ピエール・ジャンセン 提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    アセラは、両性具有を特徴とする軟体動物の一種である。いくつものアセラがマント状の器官をひらひらさせながら泳ぐ様が、名作曲家P・ジャンセンのドラマティックな旋律とともに優美に捉えられる。一瞬だけ、人間のダンスの画像が挟み込まれていることにも注目。



    - 液晶

    Liquid Crystals
    Cristaux liquides

    フランス/1978/フランス語/カラー/DVD(原版:16mm)/6分

    監督:ジャン・パンルヴェ 撮影:イヴ・ブーリガン 
    音楽:フランソワ・ド・ルーベ
    提供:ドキュマン・シネマトグラフィック

    温度や圧力の変化に伴って、構造や形態や色合いを変えてゆく液晶の美に迫った顕微鏡映画。パンルヴェは晩年に至ってなお科学とアヴァンギャルドの融合を目指した。『冒険者たち』(1967)などの印象的な音楽で知られ、彼と同じくダイビングを愛した故F・ド・ルーベの曲が採用されている。


    -ジャン・パンルヴェ

    1902年、数学者ポール・パンルヴェの息子として生まれたジャン・パンルヴェは、少年時代から映画館に入り浸り、夏になると避暑地のブルターニュで海の生き物と戯れるのを好んだ。政界入りした父は、第一次世界大戦終戦間際の1917年には首相の座に登りつめた。

     1921年にはソルボンヌで医学を修めることになったが、途中で専攻を動植物学に変更、海洋植物の研究所で、後に公私にわたる生涯のパートナーとなるジュヌヴィエーヴ・アモン(愛称ジネット)と知り合う。またパリでは、プレヴェール兄弟、ピエール・ナヴィルらシュルレアリスムの若き名士との交流を深め、その中で知り合った詩人イヴァン・ゴルの「芸術家が創造するすべては自然から生まれる」という言葉は、彼の人生の通底音となる信念となった。フェルナン・レジェの『バレエ・メカニック』(1924)やルネ・クレールの『幕間』(1924)、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』(1929)といったフランス前衛映画の潮流は、パンルヴェを科学と映画というふたつの道に同時に向かわせた。親友となった映画監督ジャン・ヴィゴとも、映画は社会変革に大きな役割を果たすという信条を共有した。

     パンルヴェが科学映画作家としての名声を確立したのは1934年の『タツノオトシゴ』である。この作品はマルク・シャガール、ジョルジュ・バタイユといった芸術家・思想家たちにも刺激を与え、このユーモラスな外見を持つ魚は彼の仕事のシンボルとなった。

     第二次大戦期、レジスタンス活動に入ったパンルヴェは、科学界や映画界との結びつきを確認しつつ、左翼映画人たちとともにフランス映画解放委員会(CLCF)の設立に奔走した。1944年、パリがドイツ軍から解放されるとCLCFはただちにパンルヴェを映画局長に任命、復興初期の9カ月間、彼は映画高等技術委員会、ニュース映画製作部門の創設など、映画界の立て直しに活躍した。

    - 戦後のパンルヴェは、科学映画界の組織化に乗り出し、1930年に自ら設立した科学映画協会を復活させて、後の映画監督ジョルジュ・フランジュを事務局長に据えた。1946年には国際的な科学映画祭を開催、翌年には国際科学映画協会(AICS)を設立して会長となった。自らも映画製作を再開し、1948年には科学番組のテレビ放送、1954年には1929年の同名作品のリメイクである『ウニ』を今度はカラー・フィルムで製作し、順調な製作活動に入った。

     パンルヴェの映画は、それぞれ異なった観客を想定した3つのカテゴリーに分けられる。科学者向けの“学術用”、大学などで使用される“教育用”、そして短めに編集される“一般観客用”である。1989年に逝去するまで、パンルヴェは多彩な人脈を活かした自在な映画作りによって、生涯に200本以上の作品を残し、科学映画というジャンルを常に革新し続けた。

    (岡田秀則)