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誰が撃ったか考えてみたか?

Did You Wonder Who Fired the Gun?

- アメリカ/2017/英語/カラー、モノクロ/DCP/90分

監督、脚本、撮影、編集、提供:トラヴィス・ウィルカーソン

監督の曾祖父が1946年に起こしたアラバマ州ドーサンでの黒人男性射殺事件。これまで親族の間でも隠され忘れ去られていたが、監督は古い新聞記事を基にあえて当時の状況を掘り起こし、家族の闇と事件の背後にある集団的差別意識の実相にサスペンスタッチで迫る。人種差別主義者であり家族にも暴力を振るっていたこの曾祖父の、弱者に対する抑圧的人格を暴くことで、白人至上主義が当時も今も変わらず台頭する米国社会の病根を抉り出す。(HA)



【監督のことば】自分の作品が栄えある場で上映されるというのは、妙な感じがする。私が作るのは地味な映画だ。また自分は、アマチュアのフィルムメーカーに近いと思っている。アマチュアという言葉が示すように、私は自分が作る映画に愛を注いでいる。また愛の次に大事なもの、労力も捧げている。今回は自分の愛と労力を、何とか事の真相をただしたいと願いながら、ある映画に捧げた。私の家族の汚点についての映画だ。ただ挑発するために作ったのではなく、自虐のために作ったのでもない。私がスパン家のため、彼が住んでいたコミュニティ――それがまだあろうが、なくなっていようが――のためにできる唯一のことは、SE・ブランチがやったことは間違っていたと、正直に認めることだと思ったからだ。彼は長年、自分より弱い立場の者を虐待してきた人間で、1940年代のアラバマにおいては、すなわちまず黒人に対して、さらにあらゆる人種の女性に対する虐待と暴力を意味していた。私はこれらの抑圧の形が、いかに深い相関関係にあるかを悟った。抑圧についてきちんと注意を払えず、何が抑圧かを示して向き合うことができず、抑圧に対する自分の立場を示すことができないなら、抑圧の継続をはっきり認めることになる。それは国についても、家族についても言えることだ。私は長いこと、アメリカ社会は自分たち自身、社会における虐待、その軍国主義に真摯に向き合っていないと思ってきた。その結果として、今の状況があるのだと信じている。けれど、すべては家族から始まるのだ。だから、まずは自分の家族と向き合うことにした。


トラヴィス・ウィルカーソン

伝説のキューバ人映画監督、サンティアゴ・アルバレスとハバナで運命的な出会いを果たし、人生が一変する。現在は南米で生まれた映画運動サード・シネマの流れを汲み、政治的メッセージを形式に色濃く反映した映画を制作。2015年には映画雑誌『Sight & Sound』より、“ウィルカーソンはアメリカ映画の政治的良心”と評される。彼の作品は、サンダンス、トロント、ロカルノ、ロッテルダム、ウィーン、YIDFF、マルセイユ、ルーヴル美術館など、世界各国の上映会や映画祭で上映されている。代表作は、労働運動家フランク・リトルのリンチ事件を描いたアジテーション・プロパガンダ映画『An Injury to One』(2002)で、同作は米映画批評誌『Film Comment』が選ぶ、過去10年間で最も優れたアヴァンギャルド映画の1本に選出された。劇映画の最新作『Machine Gun or Typewriter?』(2015)は、2015年ロカルノ国際映画祭でプレミア上映され、コソボのドキュフェストで国際部門・最優秀長編映画賞を受賞。以後、同作は世界中で上映され、映画雑誌『La Furia Umana』『DesistFilm』など数々の媒体で、その年の最優秀映画の1本に選ばれた。『Cineaste』『Kino!』『Sense of Cinema』に映画についての記事を寄稿。コロラド大学で映画制作、カリフォルニア芸術大学で映画演出を教え、ポモナ・カレッジのメディア・ギルド初のメディア実習客員研究員を歴任。現在はヴァッサー・カレッジ映画学科客員准教授。『Now: A Journal of Urgent Praxis』を創刊した編集者でもある。YIDFFでは『加速する変動』(1999、YIDFF '99)、『殊勲十字章』(2011、YIDFF 2011)などが上映されている。