審査員
諏訪敦彦
●審査員のことば
私にとって山形とは「出会い」である。1997年に初長編映画となる『2/デュオ』が、フィクション映画であるにもかかわらずここで上映され、審査員だったロバート・クレイマーと出会った。「ドキュメンタリーかフィクションか、という問いほど退屈なものはない。映画を作る者とって、それは全く意味のない問いなのだ」と彼は言った。「あなたの映画は壁にかけて鑑賞する絵画のような生易しいものではない。人間の奥底に分け入り、探求する闘いなのだ」と。その言葉は私の背中を押すと同時に、「あなたには闘い続ける意思があるか?」と私の覚悟を問いただすように響いた。
そして2001年、亡くなったロバート・クレイマーの特集上映の会場でペドロ・コスタと出会った。『ヴァンダの部屋』は、まさに世界を再現したふりをするフィクション映画と、ありのままの現実を捉えたふりをするドキュメンタリー映画の飼いならされたイメージの双方を喰い破り、それらから遠く離れて映画が存在する場所があることを改めて示していた。深い共感を覚えた。同時に「私の映画はその場所に立とうとしているか?」という問いが今も私のなかに反響している。
そして2019年。長い間フランスで映画を撮ってきた私は、18年ぶりに日本で映画を撮った。広島、福島、岩手と被災地をロケしながら、それが被災地であるからというだけでなく、この国には今いたるところに傷だらけの荒野が広がっていることを目の当たりにした。しかし、今の日本にはそれを見えないものとし、見たいものだけを見ようとする映像が溢れている。世界中そうなのかもしれない。しかし、その深い霧の向こうから光を放つ映像が山形に出現するはずだ。その出会いが、また私に新たな問いを残し、未知の映画へと私たちを導いてくれることを期待している。
1960年広島生まれ。映画監督・東京藝術大学大学院教授。テレビドキュメンタリーの演出を経て、1997年に初長編『2/デュオ』(YIDFF '97)を発表。完成台本を用いない即興演出が話題となり、ロッテルダム国際映画祭NETPAC賞受賞。1999年には、『M/OTHER』をカンヌ国際映画祭監督週間に出品し、国際批評家連盟賞を受賞。その他の主な作品に『H Story』(2001)、『不完全なふたり』(2005、ロカルノ国際映画祭審査員特別賞)、『パリ・ジュテーム』(2006、オムニバスの一編)、『ユキとニナ』(2009)など。2017年にジャン=ピエール・レオー主演の『ライオンは今夜死ぬ』を発表。新作『風の電話』が来春公開予定。
a letter from hiroshima
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韓国/2002/韓国語/カラー/デジタル・ファイル/37分
監督:諏訪敦彦
撮影:池内義浩
編集:大重裕二
出演:キム・ホジュン、諏訪敦彦
製作会社、配給:全州(チョンジュ)国際映画祭
監督の故郷である広島で共同制作を構想していた諏訪とロバート・クレイマー。クレイマーの父親はアメリカ軍医で、被爆直後の広島・長崎を体験していた。企画に未着手のまま急逝したクレイマーが、死の直前に諏訪に寄せた手紙。諏訪が広島に呼び寄せ、脚本制作の協力を依頼した韓国の女優キム・ホジュンがひとりで歩く広島。諏訪と息子が巡る広島。加害と被害、残された者の赦しと記憶の交差する点を、それぞれが映画制作のプロセスのなかで探り、手繰り寄せる。