アメリカ非常事態―ドキュメンタリー、戦争、民主主義
パトリシア・ロデン・ジマーマン著/ミネアポリス、ミネソタ大学/2000年/英語/ISBN: 0-8166-2823-8
Patricia Rodden Zimmermann, States of Emergency: Documentaries, Wars, Democracies
Minneapolis: University of Minnesota Press, 2000: ISBN 0-8166-2823-8
評者:若井真木子
インディペンデント・シネマの知名度に比べ、「インディペンデント・ドキュメンタリー」などという言葉はあまり聞かれない。これにはもちろん理由があり、パトリシア・ジマーマンによる造語といっても過言では無い。それはドキュメンタリーの実用性と理論的側面をもちいた対抗言説で、国家の境界線をあいまいにし、歴史の単一性の嘘を暴くものである。
「戦争」と「ゲリラ戦」という2つの概念が「インディペンデント・ドキュメンタリー」及び、本著「ステイツ・オブ・エマージャンシー」(アメリカ非常事態)の骨子を形成する。名の知れた作家からグループ制作のものまで、膨大な数のビデオ/フィルムを詳細に分析した貴重な情報源である。80年代以降におけるアメリカ「インディペンデント・ドキュメンタリー」の歴史、それとは切り離せない民主主義を揺るがすアメリカの政治状況を切り開いてみせる。また、新旧ドキュメンタリー理論、哲学、歴史学を動員し、フェミニズム理論を紡ぎ合わせて「インディペンデント・ドキュメンタリー」の現実を分析し、将来を模索する。ニューヨークのイサカ大学、シネマ・フォトグラフィーの教授でもあり、メディア・アクティヴィスト、歴史学者、フェミニスト、数え切れない分野にまたがって活躍するジマーマンは熱く宣戦布告する;「これは幻想白人国家と新しく形成されているディアスポラ、流浪体、主体性との世界戦争だ。」(pp. 13)戦場はグローバリゼーション(単一文化主義)だ。それでは戦闘開始といくとしよう。
本著の前半は3つの「戦争」で構成されている。1つ目は90年代に入ってから新保守主義勢力による芸術に対する公的資金投入の停止を食い止めるドキュメンタリー制作者やプロデューサーたちの戦いである。まさに「インディペンデント・ドキュメンタリー」は絶滅の危機にさらされ、ドキュメンタリー制作者、観客から民主主義の根幹をなすフェア・アクセスが奪われていく。「ストップ・ザ・チャーチ」などのビデオやPBSのプログラムが攻撃の対象となり、それらが扱うテーマ、HIV、セクシュアリティー、障害、リプロダクティブ・ライツ、人種などを社会から排除しようとする過程を考察する。2つめは「空中移動戦」で、様々な記憶の戦いに場を移す。『コーリング・ザ・ゴースト』のボスニア・レイプサバイバー、『歴史と追憶』の日系人収容所の記憶などは、戦争を正当化する国家の記憶としてのドキュメンタリーの対抗言説となる。最も重要なのは「インディペンデント・ドキュメンタリー」が証言をする/聞くプロセス、なくした/忘れ去られた記憶を取り戻すプロセスを担い、「ハイブリッド・スペース」(混成する空間)を生み出すということだ。3つめは「地上戦」で、ドキュメンタリーの登場人物、制作者、観客を巻込んで戦う空間を生み出し、社会から疎外されているホームレス、障害者、セクシュアル・マイノリティ−などの「実体」を取り戻す。本著のカバーになっている「テイク・オーバー」や「テスティング・ザ・リミッツ」などの戦いはアメリカ社会内及び「インディペンデント・ドキュメンタリー」内に同時に存在し、観客や制作者に彼らを傍観するような安全な場所を与えない。
ハンディカムと低予算化は新しい戦術を可能にし、加速する「インディペンデント・ドキュメンタリー」の疎外と肥大化するマスメディアに対抗する様々な方法が試みられる。本著の後半、「ゲリラ戦術」は絶滅の危機にさらされている「インディペンデント・ドキュメンタリー」と民主主義の将来に託す希望でもある。
著者はまずリプロダクティブ・ライツの表象に焦点をおき、「技術、ディスコース、生殖の幻想」による女性の体の抹殺に対抗しうる映像「公的フェミニスト空間」の構築を説く。オプティミストの彼女にしても、この部分からは明らかな不安要素がにじみ出る。これはアメリカのリプロダクティブ・ライツが入り込んでしまった表象ブラックホールという暗い現実を反映しているのかもしれない。しかしまたそれをゲリラ戦を闘い抜く気合いに変えるのがジマーマンのフェミニスト精神なのだろう。
ゲリラ戦の最後の焦点は「新世界映像秩序」の「海賊」としての「インディペンデント・ドキュメンタリー」である。海を転々とする海賊という比喩で、実践的には映像や情報を手に入れ、それらを解体し、最構築する。ペーパー・タイガーやバービー・リベレーション・オーガニゼーション、などアクティヴィストらによるラジオ電波や衛生映像など利用した海賊術が紹介される。それにしても、これらの制作集団の名前やタイトルはマニフェストのようで力強い。
グローバルメディアの中での海賊行為は新旧対抗というような二項対立図式を越えて挑戦することを可能にする。まさにデジタル空間は流動する空間であり、フェアアクセスと公正な映像利用の為の戦場なのだ。そして、流動的な「インディペンデント・ドキュメンタリー」はデジタル時代においてドキュメンタリーの概念や役割を変えるであろう。宣戦布告で始まったジマーマンの著書に勝敗はないが、このような希望で埋め尽くされている。
ひとつ困難があるとすれば、それは「インディペンデント・ドキュメンタリー」を見る事のできる限られたアクセスであり、著者の論点を皮肉な形で証明する。一体どこでこれらの作品を見ることができるのか。そして、グローバリゼーションは世界を巻込んでいるのだから、アメリカ以外の「インディペンデント・ドキュメンタリー」の活躍にも影響されたい所だ。「インディペンデント・ドキュメンタリー」をただ傍観することが不可能なように、本著もただ読み終わることは不可能である。特にこれらの作品を実際手にすることが難しい代わりに本著で同じ体験をすることをお勧めする。
若井真紀子 Wakai Makiko
ビデオ塾という女性映像制作グループのメンバーで『沈黙の歴史をやぶって ――女性国際戦犯法廷の記録』などのビデオ制作に関わる。ダブリンで勉学に勤しみつつ、自転車修理屋のビデオを制作中。
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