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彼女の名前はエウローペーだった

Her Name Was Europa

- ドイツ/2020/英語/カラー、モノクロ/DCP/76分

監督、撮影、編集、脚本:アニア・ドルニーデン、フアン・ダビド・ゴンサレス・モンロイ
整音:クリスティアン・オーバーマイアー
製作、提供:OJOBOCA GbR www.ojoboca.com

家畜化された現在の牛の先祖に当たり、17世紀に絶滅した野生種オーロックス。力強さ、素早さ、勇猛さの象徴としてのこの種を交配によって復活させようする試みが20世紀以降に行われてきた。1920年代のドイツで復元の研究を行った動物学者ルッツ・ヘックの著作をたどりながら、現代における新たな交配の試みや、遺伝子研究の様子を追う。絵画や模型によって失われた種のイメージを膨らませた監督たちは、白い牡牛に化けたゼウスが誘惑したエウローペーの神話を物語ろうとするのだが……。(YH)



【監督のことば】近代家畜牛の祖先であるオーロックスは、1627年に絶滅した野生種である。1920年代のドイツで、動物学者のルッツ・ヘックとハインツ・ヘックの兄弟が、バック・ブリーディングと呼ばれる手法でこの種を蘇らせるプロジェクトを始動させる。その途方もない試みは、当時ナチズムによって掲げられていた民族浄化のイデオロギーと軌を一にするものだった。オーロックスは家畜種より力強く純粋で美しい牛とされ、それゆえ勇ましく汚れないというゲルマンの理想にも、より適合すると考えられたのである。実験の結果生まれた交配種は、兄弟の名をとって「ヘックキャトル」と呼ばれている。

 とはいえ兄弟の試みは、科学的には失敗したプロジェクトとみなされている。今日のヘックキャトルは、物理的な次元では他のどの近代種とも違いがないと考えられているのである。しかしシンボルとしては、いまなおオーロックスは生き永らえている。オランダでタウロス財団が遺伝子再構成技術を用いてさまざまな近代交配種のなかに残るオーロックスの古いDNAを突き止め、野生環境に耐えうる強靭な交配種を生み出すというプロジェクトを開始したのは、2009年のことだった。これはヨーロッパにおけるより広範な「再−野生化」自然保護プロジェクトの一環としてあるものだが、そうしたプロジェクトの目的は、ヨーロッパらしい風景をもつ地域を作り変えて野生環境を取り戻し、人間による介入が最小限のまま原生動植物が生きられるようにすることにある。

 ヘックキャトルとは、かつての逆説的な視点がそうと望まぬかたちで具現化された存在である。その思想は自然界を完全かつ純粋で汚れないものと評価しつつも、自然を人間の必要と欲求に沿うものに作り変えるあらゆる努力を厭わなかった。現在においても、その保存のためまた異なるかたちでの自然の成型が続いている。私たちの映画は、そうした探求が歴史として展開するなかで残した、目に見える痕跡のいくつかに光を当てるものである。


- アニア・ドルニーデン、
フアン・ダビド・ゴンサレス・モンロイ

ベルリンを拠点にOJOBOCA名義で共作する映画作家で、疑似的に内面や外面の変化をもたらす模擬メソッド「オロリズム」をともに実践する。その映画やパフォーマンス作品はこれまで、ウェクスナー芸術センター、オーストリア映画博物館、アンソロジー・フィルム・アーカイヴズ、ベルリン世界文化の家、ミュンヘン芸術協会、UCCA現代芸術センター、ロッテルダム国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ニューヨーク映画祭、ヴィジョン・デュ・レエル、モントリオール国際ドキュメンタリー映画祭、アン・アーバー映画祭、エディンバラ国際映画祭など、世界各地のさまざまな映画祭・展示施設で紹介されている。主な作品は『Comfort Stations』(2018)、『Heliopolis Heliopolis』(2017)、『The Masked Monkeys』(2015)、『Wolkenschatten』(2014)など。