映画とスクリーンのはざまで モダニズムの光/合成
ギャレット・スチュワート著/シカゴ大学出版会/1999年/英語
Garrett Stewart, Between Film and Screen: Modernism's Photo Synthesis
Chicago: University of Chicago Press, 1999. ISBN: 0-22677-412-0
評者:ジョナサン・M・ホール
一本の映画がフィルムの死地からよみがえった。といってもそれは、グローバル化とやらでモスクワや北京から返還されてきた、いつもながらの押収品などではなく、東京の日活撮影所の倉庫という身近な場所から出た廃品なのである。1995年の山形国際ドキュメンタリー映画祭での束の間の再発見から7年、そして公開3日で突如として打ち切られた封切りから30余年、藤田繁矢(敏八)と河辺和夫監督の『ドキュメント構成 にっぽん零年』〔以下『にっぽん零年』と表記〕がついに復活した。当初、4人の監督によるオムニバス形式のドキュメンタリーとして企画されたこの1968年の映画は、3つの挿話――分裂・急進化する学生運動、若者たちの不安定なカウンター・カルチャー、自衛隊での新兵訓練――によって織りあわされている。河辺がフーテンや新兵との間で交わすインタヴューは非常に興味深く、また、一人の学生活動家(彼は学生運動のリーダーらしい)を中心に据えた藤田によるドラマチックな場面構成と、暴動そのものと一体となった敏速なカメラが、この映画を、多少の疑問を含みながらも、同時代におけるもっとも力強いドキュメンタリーの1つにしている。1 静止画を重要な視覚的手法にしているこの作品では、開巻早々、暴動にまでいたる学生運動の展開につづき、タイトルショットの強烈な静止画面が見られるのだ。
『にっぽん零年』は、1999年に刊行されたギャレット・スチュワートによる『映画とスクリーンのはざまで――モダニズムの光/合成』についての書評を当ページのため執筆するという、一見、関連性のない仕事に携わっていた最中に見た映画である。スチュワートの膨大な研究は、ドキュメンタリー映画をおおむね無視しているが、そのかわりに、前衛的な実験映画、商業映画という二分法に基づいている。映画の物質性に向けられた前者の関心が、実際には「もはや、単なる映画装置についての疑問ではなく、〔中略〕知覚の全般的なテクニック」(30頁)についての疑問に終始するとするなら、スチュワートは後者、すなわち劇映画をより有益なものであると考える。そこでは「テクストの表層においてせめぎ合う力のなかで、模倣性と物質性とが〔中略〕緊張関係をあきらかにする」(28頁)からだ。フィルムのコマの部分を伝統的な映画理論の「未知の場所」と呼びつつ、スチュワートは、雄弁かつ文献資料を駆使した議論を、8つの章にわたって稠密に展開しているが、それはコマ(フォトグラム)の持つ重要性のためである。つまりそれは、通常不可視の領野なのであるが、映画の持つ「変動する物質性」(266頁)の視覚システムを構成し、支えているのだ。このフォトグラムの「消失」こそが、スチュワートに言わせれば、「映画のなかで幽霊的な現前性として到来する全てのもの、それ自身が起こる以前の状態としてのある幽霊を映像化する各瞬間に先行」(37頁)しているのである。スチュワートは、写真と映画という伝統的対立をつきくずし、かわりに映画という運動する写真を、「視覚の無意識」(1頁)というレベルでしか知覚できない映像と仮定している。
しかし、ドキュメンタリーという形式が、映画的な物質性も説話に奉仕する模倣性も未だ映画ならざるものに対してカメラが持つ社会的関係の重要さをつねに凌駕しないような形式であるとすれば、このジャンルは、映画製作とそれよりさらに広範に拡がる表象システム(階級、セクシュアリティ、人権、ジェンダー)との社会的関係を後思案にしかしないスチュワートの書物と無関係なものだろうか? さもなくば、映画体験における一コマ一コマの根本的な重要性を説くスチュワートの主張は、われわれの『にっぽん零年』の理解にいかに寄与するのであろうか? 検証に値する1つの部分は、藤田による静止画の縦横な使用、すなわち映画が静止した不可視のフォトグラムにもっとも肉薄する接近部である。このドキュメンタリーの静止画面を監督たちの修辞的誇張(技術的な必然)であるとか、あるいは差しせまった死と制約を予感させる比喩的な句読点(美学的な必然)であると解するよりもむしろ、われわれはこの「映画的な自己顕示に満ちた1960年代後半」(27頁)に特に頻繁であった静止画面を、静的な抑圧が疾走する映画自身の内部で生起し、幽霊的に指標されたものだと見た方がいいのではないか。この幽霊的な映画の別の場所――「たえざる未占有状態」(xi頁)としての映画――は、「幻の」とすでに広告されているこの映画の邦題と非常に響きあう。零年(ゼロ/レイ年)は起源と死の堅固な場所と同様、極小で霊妙なのだ。
スチュワートの議論は、しばしば静止画面を旋回しながら、相互に参照しあう一連の主張に収斂していく。a)静止画面というものは、映画的な自己言及性の形式なのではない。というのも、「その言及点とは、連続している表象の幻影である映画」なのではなく、映画的経験の「消失する限界」(42頁)なのである。b)静止画面は商業映画でさえ、「映像受容が常態化してしまった商品文化のなかでの消極的な観賞への「もっとも純粋な」視覚的抵抗を可能らしめるものである。c)静止画面は、その写真的性質において、「映画的なものしか生まれない時間的に束縛された機械的に生じる重大局面から逸脱する」(120頁)。またそしてそうしていくなかで、映画的なるものは、パターン化された複雑性と映画的なるものの特異性の根本的な関係をもっともよく明らかにする。d)SF映画は、ジャンルとして、「自ら時代錯誤化する発達」を喚起するだけでなく、発動させる」(222頁)のであり、「見る主体を、単なる登場人物に擬態する存在、実質なき映像受容器官に変身させようともくろんでいる」(223頁)。このようなデジタル技術の発展に際して、e)映画は技術的な郷愁のための場所となる。最後にスチュワートにとって、映画とは単なる近代のテクノロジーではなく近代的(モダニスト)な様式なのであり、そこでは映画の持つ抑圧されたフォトグラムが文学的モダニズムにおける表音文字と併走しているのである。2
『映画とスクリーンのはざまで』は、藤田と河辺が想定していたことを提示している。静止画は、瞬間を視覚的に把捉することにおいて、身体に残される傷跡と同様に表象システムの運動性を体現すると同時のそのシステムの崩壊を提示している。『にっぽん零年』における学生活動家は、反権威主義闘争の関わりを中断し、ガールフレンドとともに広島を訪問するが、そのとき彼は被爆2世であることが判明する。この映画のもう1つの次元――ここは他の部分とは異なり、編集、内容、静止画の技法の欠如によって際だっている――は映画における終止というテーマのもっとも恒久的な思いがけとなる。被爆者たち――特に政治参加の拒否という自らの主義の帰結として、次の原爆投下をもこともなげに受け入れる快活な女中のエミ――は最終点としての死の堅固な形象ではなく――映画の最後に警察によって返還を要求された安田講堂における混乱のような政治の悲しい終焉ではなく――恒久的に、活動的に、かつ視覚的に「依然として始動中」である死の形象に言及しているのである。ドキュメンタリーをスチュワートの画期的な仕事と対話させることは、ドキュメンタリー映画の意図の視覚的本質を前景化することを意味している。それはまた、この力強い書物に潜在している政治性を明確にすることも要求しているのだ。
――翻訳:大久保清朗
1. この元学生は2002年にインタヴューに応じ、本映画への参加について述べているが、藤田が学生運動に参加しながら演技もできる人間を探していたことを語っている。この匿名の元学生によれば、藤田は会話の4分の1を作成しており、その会話自体も撮影後にスタジオでアフレコされたものであるという。市川エズミ、熊谷睦子編集『にっぽん零年』(劇場用プログラム、東京、日活株式会社、2002年)11頁。
2. スチュワートは、最近のメディア研究における、「厳密に歴史化された文化的証拠」と、それらが共通して強調する、写真が映画の基礎ではなく起源であるという考えを却下し、そのかわりに、「模倣と機械化のより広域の血縁史内部における地域的血統を明らかにする」(270頁)ためにある系譜学を要求している。その血統が「映画的テクストの第一義的な眼の根拠を覆したというよりむしろより複雑に根付かせた」のである。
ジョナサン・M・ホール Jonathan M. Hall
シカゴ大学東アジア言語・文化学科講師。同大学のシネマ・メディア研究会にも兼任。近代日本文学、日本映画、アジア映画論の研究と教育を専門にしている。
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