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    The Lightning Testimonies

    - インド/2007/英語ほか/カラー、モノクロ/ビデオ/113分

    監督:アマル・カンワル
    撮影:ランジャン・パリット
    編集:サミーラー・ジャイン 
    録音:スレッシュ・ラジャマニ
    助監督:サンディヤ・クマール 
    グラフィック・デザイン:シェルナ・ダスツール
    製作・提供:アマル・カンワル

    1947年のインド・パキスタン分離独立から現在まで続く、女性への性暴力を繰り返している対立の歴史をさまざまな映像表現で辿り、暴力の残虐さと女性たちの尊厳ある強靭な精神を描く。様々な時代、社会層においてインド各地の個人や社会がいかに暴力に耐え、記憶に刻み、記録に残してきたかを入念なリサーチを通して浮かび上がらせる。作品の根底にある暴力への強い憤りとは対照的な静謐な映像が、やがて苦難の先にある静かな祈りへと導く。



    【監督のことば】私は2005年に実際の撮影を開始するまで、長い間この映画の構想を温め続けてきた。2002年、インドのグジャラートで起こった反イスラム暴動時、女性に性的暴行を加える事件がいくつか起こった。暴力自体は珍しいことではないが、これら性的暴行には、どこか奇妙な点があった。私には理解できない祝祭の雰囲気があったのだ。それは何を意味するのだろう? 調べたかったが、どこから、そしてどうやって始めればいいのか、どのように見て、聞いて、話せばいいのかさえ分からなかった。そのうちに新たな疑問がわいてきた。なぜ、あるイメージは、他のイメージと異なるのか? なぜイメージには多くの秘密が含まれるように見えるのか? その秘密をあらわにし、多くの無名の人生とつなげるにはどうすればよいか?

     この映画は、政治的な対立における性的暴力の体験を通して、インド亜大陸の歴史を省察していると言える。私はこのような暴力が、個人およびコミュニティにおいて、いかに抵抗され、記憶され、記録されてきたかについて調べたかった。青い窓の内側や、織物の模様の中に秘められた物語が現れては消え、別の表現様式となって生まれ変わった。埋もれていた様々な物語が、寡黙ではあるが生き残った証人として、ある時は人々、イメージ、記憶の中に現れ、またある時には自然や日常生活の物の中に現れたのだ。すべての物語の中心となったのは、名誉、憎悪、屈辱、そして尊厳と抗議の場としての身体だ。

     映画を撮っている間、突然、深い苦悩の世界から、思索、復活、自尊心の空間へと移動した。

     この映画にかかわってくれた人たちの多大なる支援、好意、技術なしでは、このような映画は決して作れなかった。非常に光栄に思い、感謝している。


    - アマル・カンワル

    1964年生まれ。居住地であるニューデリーで活動中。エドヴァルド・ムンク現代芸術賞(ノルウェー)受賞者であるカンワルは、インド亜大陸の政治・社会・経済・環境状況を、その詩的かつ思索的な映画で探究している。インド・パキスタン国境における暴力と非暴力の問題を検討し、YIDFF '99でも上映された『外部の季節』(1997)は、ムンバイ国際映画祭でゴールデン・コンチ賞を、サンフランシスコ国際映画祭でゴールデン・ゲート賞を受賞。YIDFF 2003で上映された『予言の夜』(2002)は現代インドの詩歌を、『Torn First Pages』(2003-08)は現代ビルマ状況を探究。ほかにも数多くの映画祭で受賞歴あり。またその映画作品は、アムステルダムのステデライク美術館、ニューヨーク近代美術館、オスロ国立美術館などで、特別展示の対象にもなっている。ドイツのカッセルで行なわれた、ドクメンタ11(2002)とドクメンタ12(2007)にも参加した。