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イントロダクション


人間に出会い直す

 第19回となる山形国際ドキュメンタリー映画祭が開幕する。昨年9月からの作品募集には、世界中から総計で過去最多の2676本もの作品が寄せられた。2年に一度のこの映画祭を忘れず、作品をお送りいただいた作家の皆様に深く感謝したい。半年以上にわたる慎重をきわめた選考を経て出揃った今年のインターナショナル・コンペティション、そしてアジア千波万波の作品群は、そのすべてが、ますます混迷する世界の今を実直に、だが思いがけない視点と方法で切り取り、私たちの凝り固まった想像力、常識や倫理観を揺るがし、更新してくれるものばかりだ。ある土地から人々を追い出し、残る人々を殺戮し、そこで確かに営まれていた人の暮らしを、体温を、強引になかったものにする。蛮行は繰り返され、自分と同じように生きている他者を、顔のない「数」としか見ずそれを省みない態度が蔓延している。映像は、映画は、この危機的な世界にどう対峙し、何を描くことができるのか。その問いに対する作家による格闘の痕跡がさまざまな形で凝縮した作品を、私たちはどのように受け止めるのか。国や家族、隣人、友人といったさまざまな関係性はあくまで指標として、まずは、映写機の光を通して空間に波打つ人々の生々しい息遣いを感じ、その顔と声を心に刻みつけること。人間に出会い、話し、小さくとも愚直に他者とつながり続けること。少しでもより良い世界を築いていくために、上映と対話を通してそうした時間を生み出すことが、この映画祭に求められている使命である。

 今回紹介するプログラムを形にし、そして映画祭という場を作り上げるために、やはり多くの人のつながりと協力が欠かせなかった。とりわけ、長年映画祭の開催会場としてお借りしている山形市中央公民館、山形市民会館、フォーラム山形の皆さんには、今年も会場準備でいろいろな無理をお願いした。映画祭のために、と動いてくださる各館の細やかなお気遣いには感 謝しかない。4年後の2029年に移転が決まっている市民会館では、現在の建物での開催は今回を入れてあと2回ほどとなる。山形市民はもちろんのこと、長く通ってくださっている観客の皆様には、年季の入った大小ふたつのホールに愛着を持っておられる方もいるだろう。それぞれ固有の魅力を放つ会場の雰囲気、その匂いと響き、手触りは、映画祭が終わったあとも、作品の興奮とともに、長く、深く記憶に残り続けるはずだ。そしてその会場で観客を迎えるボランティアの皆さん。その個性ある、生き生きとした笑顔のすばらしさもまた、この映画祭の魅力である。今年も全国から多くの方々が参加してくださった。そこここで、観客、ゲストの皆さんとの爽やかな交流が生まれることだろう。

 財政的に苦しい運営が続く今年も、文化庁の国際映画祭支援をはじめとして、多くの方々のご支援、ご寄付をいただいている。これまで長く支えてくださっている会員、ご協力団体の皆様はもちろんのこと、今回は新たにご協賛に名乗りを上げてくださった企業様も多く、大変心強い励ましをいただいたことにお礼申し上げたい。

 そして最後に、今回の映画祭のために、多忙ななか魂のこもった美しい先付けロゴ映像を制作してくださった映像作家 牧野貴氏に心よりの感謝を。今年も山形に足を運んでくださったすべての皆様が、多くの発見と感動、興奮、そして友愛の心を分かちあえますように。

認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
山形事務局長
 畑あゆみ

 


語りの場、言葉の力

 世界で巻き起こる戦争そして社会の分断が激しさを増し、それらがもはや日常の感覚を浸食しつつあるいま、この過酷な時代の荒波に果敢に挑み、ときに飄々とした姿勢で作品制作を続けもする映画作家たちは、なおも健在である。

 民主化デモに揺れる香港で離島の食堂に集う人々を記録した『日泰食堂』をはじめ、グアドループ、チリ、コンゴ民主共和国と多様なバックグラウンドを持つ監督たちが届けてくれた初長編監督作がインターナショナル・コンペティションには4作品並び、これにヤマガタおなじみの監督たちによる渾身の新作などが加わっている。アジア千波万波では、女性の権利を厳しく制限するタリバン政権下のアフガニスタンから2本の女性監督作が上映されるほか、その多くがヤマガタには初参加となる作家たちによる、世界の〈いま〉と繋がる作品群が見る人を驚かせるはずだ。

 ドキュメンタリー映画史に重要な一角を占める「アメリカン・ダイ レクト・シネマ」を16プログラムで大回顧する特集もまた意外なほどにアクチュアリティのある問いかけを秘めており、これまで日本ではワイズマンの名前とともに語られることの多かった「ダイレクト・シ ネマ」の新たな側面がここに浮き彫りになる。1960年代の現代美術や芽吹き出した対抗文化と密接な関係を結んだ作品群と、現在なおも続く人種差別的暴力を被写体にした『パノーラ』を「ダイレクト・シネマ特選」としてオープニング上映する。

 「パレスティナ」特集では、その土地に根差した人々の記憶に焦点を当て、これまでの歴史とその未来を照射するフィルムは直截的にこの〈いま〉に繋がっている。

 YIDFF '89を記録した『映画の都』の未公開映像のデジタル化プロジェクト、台湾と日本のホームムービー、山形のテレビ局制作によるドキュメンタリーなど多彩なプログラムがつまっている「やまがたと映画」。「ともにある Cinema with Us」、「未来への映画便」、「ヤマガタ・ラフカット!」はそのコンセプトを一貫させながら新たな試みに取り組んでおり注目されるだろう。

 特別招待作品では、小川紳介監督生誕90年記念として小川プロが山形へ移転する転換点をもたらした『三里塚・辺田部落』、キドラット・タヒミック監督が小川に捧げた『虹のアルバム』などを上映する。『虹のアルバム』は、2024年8月に永眠した初代東京事務局長 矢野和之への追悼としても上映される。ホセ・ルイス・ゲリン監督10年ぶりの新作『善き谷の物語』における、バルセロナ郊外に住み着くことでアイデンティティを形づくってきた移民たちへの現在の視座は、移民という「物語」の囲い込みから逃れ、繫がるべき生のかたちを求めて日々を漂う私たちにも重なってゆく。

 日本においては戦後80年、被曝から80年の節目を迎えたのが本年でもあるが、クロージング上映となる朴壽南、麻衣監督の『よみがえる声』は、歴史に埋もれた声なき者たちの物語と、戦後世代の娘とのパーソナルな対話が行き交う重層的な作品であり、語られる言葉がそれを見ている者の身体にも染み込んでくる。

 映画祭の上映作品そのものが重要な「記録」であり、記憶の表現の一端である。これらの映画を私たちはどう見て、聴き、感じ、その体験を自分の「声」で話し、「言葉」で綴ることができるのか。監督ら制作者たちとのトークやディスカッション、自然発生的な対話の場まで、さまざまな語りの空間が参加するみなさんにひらかれている。映画を語る、故人について語る、残されたモノについて語る、ひとつひとつがいま生きている一人ひとりにとっての「記憶のケア」にもなるだろう。今年も、新たな出会いや交流、そして再会を歓びながら、現在、過去、未来を見つめるかけがえのない時間が、参加されるすべてのみなさんにとって楽しく、心安らかに繰り広げられることを心より願っております。

 映画祭の実施にあたり、たくさんのご支援、ご尽力いただきましたみなさまに、心から深い感謝の意を記します。

東京事務局長 濱治佳