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特別招待作品




YIDFF 2025 オープニング作品
アメリカン・ダイレクト・シネマ特選


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解体美術館
1960/モノクロ/デジタル・ファイル(原版:16mm)/8分
監督:D・A・ペネベイカー


誰かに愛されなければ君は誰でもない
1964/モノクロ/デジタル・ファイル(原版:16mm)/12分
監督:D・A・ペネベイカー


カットピース、1964/1965
1965/モノクロ/デジタル・ファイル(原版:16mm)/9分
映画制作、製作:アルバート・メイズルス、デイヴィッド・メイズルス


プーナイル・コーナーの家(『1PM』からの抜粋)
1971/カラー/デジタル・ファイル(原版:16mm)/8分
映画制作:D・A・ペネベイカー ジャン=リュック・ゴダールとリチャード・リーコックと共に


パノーラ
1970/モノクロ/デジタル・ファイル(原版:16mm)/21分
監督:エド・ピンカス、デイヴィッド・ニューマン


*すべてアメリカン・ダイレクト・シネマ上映作品。

 ダイレクト・シネマはいまや、対象と厳格に距離をとるフレデリック・ワイズマンの観察スタイルともっとも密接に関連づけて考えられるものになっていると言ってもよいだろう。今回のYIDFFではこの映画形式やその歴史に対するわれわれの理解をさらに広げるべく、アメリカのダイレクト・シネマを初期から数十年にわたり振り返りつつ深く掘り下げる特集が組まれている。そんななか映画祭初日のオープニング作品として上映されるのは、ダイレクト・シネマの意外な側面に驚く人もいるかもしれない作品を集めた短編セレクション。これらの作品から明らかになるのは、公共施設なり政府上層部の重大局面なりをつぶさに検分するものというよりもむしろ、現代美術やそのころ芽吹きつつあった対抗文化と密接な関係にあったという、ダイレクト・シネマのもうひとつの側面である。そこでは観察から得られる考えとの多様な関わり方が示されている。それはたとえば、被写体との相互作用は対象に介入せずとも生まれるということ。観察がもっとも無力な被写体に声を与えることもあるということ。乱雑にも見える手持ちカメラが表現力に富む技巧的なものであるということ。同時期に発展したフランスのシネマ・ヴェリテとの対話は可能(あるいは不可避)であるばかりか、実り多き愉快なものにもなる、ということである。映画祭期間中にアメリカン・ダイレクト・シネマ特集で上映される豪華ラインナップから選りすぐったこのサンプリング見本を、どうぞお楽しみあれ。