パレスティナ――その土地の記憶
生きていくためのことば
2025年6月13日
自分の夢を描き、朝、仕事に行く前に朝食の準備をしていた頃、自分が飢えた民衆の一人になるなんて、まったく想像もしていなかった。私は、夢見る瞳に希望を書き留めるために、そして自分のなりたいものになれと学校で子どもたちに教えるために、早起きしていた。
今では、私は飢えた民衆の一人となり、一片のパンを求めて辛い旅に出るために早起きし、かつては夢見ていた子どもたちが、今ではパンを欲しがり、むなしく待ちわびて佇む姿を見ているのだ。
故郷を離れるよりも難しいのは、見知らぬ土地で異邦人として生きることだ。
私たちはかつて、飢えに苦しみ、盗みや追い剝ぎを働くような民ではなかった。私たちは人生を愛し、人生を愛する者はそこに平和とオリーブを育むのだと信じていた。
しかし、今では私たちのことを知らない土地で異邦人となってしまった。
失った故郷と人間性を失った人たちのために泣いている。
ジェノサイド戦争の前、私はある言葉を繰り返し、作家や芸術家、影響力のある人々、友人や友人でない者含め、あらゆる人々にできるだけ広めようとしていた。それは、一つの真実を勝ち取り、多大な犠牲を払わずに祖国を復興させようという試みだった……。
その言葉とは、「私たちの土地で失ったものは、私たちの頭と心で取り戻さなければならない」*というものだ。
しかし、今はもう手遅れで、終わりが来てしまった。私たちには、祖国も、心も、頭脳も残っていない……。
――ジャブル・ハーティム著『避難日記――ジェノサイドを生きる』(田浪亜央江訳、私家版)より
もしいま、住む場所やコミュニティーが破壊され、親しい人々の命が奪われ、今日の糧に事欠き、生きる希望すらも失いそうな状況で、 人は何ができるだろうか。本特集プログラムを行うにあたり、ジャブルさんのことばを改めて反芻し、ここに記したい。私たちがこれからも人として生きていくために。
*訳者註:デンマークの思想家・哲学者であるニコライ・グルントヴィ(1783−1872)の言葉。グルントヴィは勤労青年を主要対象にした農村における社会教育施設フォルケホイスコーレ(デンマークの民主主義普及に多大な功績があったとされている)の理念的創始者としても知られる。
