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彷徨う者たち

L'Homme-Vertige: Tales of a City

フランス、グアドループ/2024/クレオール語、フランス語/カラー/DCP/93分

- 監督、脚本:マロリー・エロワ・ペスリー
撮影:マロリー・エロワ・ペスリー、ヴィクトール・ゼボ
編集:マリー・ボトワ
録音:リュドヴィック・サジャン、アダム・ウォルニー、ティエリー・ドゥロール
音楽:マジック・マリク
製作会社:Athénaïse
提供:ソフィ・サルボ

カリブ海に浮かぶグアドループの都市ポワンタピートルでは再開発が進められているが、カメラを手に歩いてみると、全体が廃墟であるかのような街並みが現れる。薬物中毒のラッパー、肺ガンを患い療養するキューバ革命の元闘志、観察者としての寡黙な詩人、取り壊し予定の集合住宅に住む若い女性。土地に住む人々の視線や言葉から見えてくるのは、かつては植民地として、現在はフランスの海外県として故郷が簒奪されているという被支配の歴史と、しかしながらそんな境遇に対する抵抗の意志である。グアドループの出身である監督が、約5年の歳月をかけて祖国での撮影を行った。(YM)



【監督のことば】
われわれのものではない島を自分の居場所にする方法 
遠くカリブ海に浮かぶ小さなフランス

 『彷徨う者たち』は副題に「ある都市の物語」とあるが、これはポワンタピートルという都市についての映画ではなく、むしろその町並みを経巡る長い彷徨、その住人の営みの風景の探索である。言うなればポワンタピートルの生活ではなく、生存についての映画……。この映画は、消えずに残るこの苦しみ、今日の世界の現状を物語るものでもあるこの苦しみを表現し、社会的なものとしてのこの彷徨い、この海外領土の彷徨いを、空間の隙間や静かに観察する状態や日々の苦闘を撮ることで浮き彫りにする、そのような試みとして構想された。 わたしはこの街を、島全体の現状を示すメタファーとして見せたいと考えた。かつては人民の街であり、工場労働者の街であり、血みどろに圧し潰された蜂起があり、戦いが繰り広げられた街だったここも、いまは過ぎ去りし政治的社会的ユートピアに囚われたゴーストタウンでしかない。身体に残る歴史の遺物は何なのだろう? 自分が何になろうとしているのか、あるいはこの島やこの街でどう生き抜いていくのかもわからないなら、歩みを止めて細かなところを撮影し、何が「ある」のか、何が残され、何が今なお抵抗し続けているのかを見せていきたい――そう思ったのだ。この映画は、混沌に立ち向かうために静かに見つめることを追求し、欲望するものである。わたしはこの地をめぐる自身の探索の旅をたどり、映画にも出てくる、街の無気力にふさわしくより緩やかなペースで別の時間を生きる人物たちとの出会いを記録していく。間延びしてもはや過ぎゆく年月などという概念もない、もうひとつの時間。それは待機する時間であり、 日々繰り返される身振りの時間であり、刻一刻と街路が変貌を遂げていく時間である。ここに出てくる女や男が存在していることをわれわれが思い出せるように、どうか彼らの存在を憶えておいていてほしい。主要人物のひとりであるティ・ シャルは、かつてわたしにこんなことを言っていた――「生活とのつながりを保つには街路を観察するのがいちばんいい」。


- マロリー・エロワ・ペスリー

カリブ海のフランス海外県グアドループ出身の映画作家、映像作家。パリ、モントリオール、キューバ国際映画テレビ学校でアートおよび映画を専攻。短編作品『Chanzy Blues』(2017)でデビューし、2017年からはグアドループで作家映画のキュレーション活動を行っている。2026年ドイツ学術交流会「アーティスツ・イン・ベルリン」プログラム映画フェロー。現在制作中のものとして、フィクションが交錯するハイブリッド型ドキュメンタリー作品『Memoirs & Fictions of an Island Before Its Vanishing』、そしてグアドループ人権映画祭とリオデジャネイロ周縁文学フェスティバルの協力のもと、ブラジル、セネガルの映画作家2名とつくる多領域フィルム・インスタレーションがある。2016年から2023年にかけて撮影された本作はベルリン国際映画祭でプレミア上映され、ワガドゥグ全アフリカ映画祭ではイェネンガ金馬賞とポール・ロブソン賞も受賞した。