標的までの時間
Time to the TargetChas pidlotu
- ラトビア、チェコ、ウクライナ/2025/ウクライナ語/カラー/DCP/179分
監督、脚本:ヴィタリー・マンスキー
撮影:ロマン・ペトルシャク
編集:マトヴェイ・トロシンキン
録音:ヤン・チェネク
製作:ナタリア・マンスカイア、テレザ・ホルスカー、フィリプ・レムンダ、ヴィート・クルサーク、ナタリア・カザン
製作会社:Vertov, Hypermarket Film, Braha Film Production company
提供:Vertov
ロシアの侵攻によってウクライナは激しい戦闘状態にあるが、前線より離れた地域はどのような影響を受けているだろうか。1999年の『青春クロニクル』(YIDFF 2001)をはじめ、『ワイルド・ワイルド・ビーチ』(2006、YIDFF 2007)、『祖国か死か』(2011、YIDFF 2013)、そして前作の『東部戦線』(2023、YIDFF 2023)などをスクリーンで発表してきた監督は、1年半に渡り故郷リヴィウの姿を記録した。本作には、ロシアから飛来するミサイルの脅威にさらされ、次第に疲弊していく住民たちの姿がくっきりと焼き付けられている。犠牲者に送る葬送の曲が時間の経過とともに次第に哀愁を帯びる。怒りのこもった大作だ。(INT)
【監督のことば】本作の監督はウクライナのリヴィウで生まれ育った。故郷、そして力の源泉。映画監督になって以降も、折に触れて自らの映画とともにそこへ戻ってきた。 ゆえに、ウクライナという存在とそこに暮らす人々に対する全面的な侵略戦争に、つまりは現代史の中でも最も熾烈な瞬間に祖国の人々が直面し、自分の国が未来のために闘っている時に、じっとしていることはできなかった。自らの思いと、その国の正面を後ろ側から見た考察を、映画の中に落とし込むことにしたのだ。その作品は、移り変わる季節の中で人々の日常を多面的かつ緻密に構成したものとなった。 繰り返される儀礼は、たとえそれが悲劇的なものだったとしても、恐ろしいほどにありふれた色彩を帯びるようになる。深いところで燃えるような痛みからは抜け出すことなどできない。ウクライナから伝えられるニュース映像と比較すれば、映画の構造と視覚的なスタイルは際立ったものにみえるだろう。フルショットやロングショットを通して、観客はスクリーンの中で起きている出来事に参加している感覚を抱くだろう。
『東部戦線』の撮影に向かう際、自分の故郷リヴィウを通り抜けた。全面侵攻が始まってからすでに数か月が経っており、わが街でも、毎日のように若い男性たちが埋葬されていた。撮影地への行き帰りに、そうした弔いを目にしたのだ。そこで は深い精神的動揺を覚えた。自分にとってその街の記憶とは、子ども時代の最も輝き、最も美しいイメージで成り立っていたからだ。それが今や、悲嘆と慟哭の地に変わってしまった。こうした葬儀に出くわすたびに、参列に訪れた人々の顔を見ようとした。ひょっとしたら、過去の知り合いを探していたのかもしれない。いつも同じ軍楽隊が演奏していた。演奏者たちは年齢や風貌の異なる人々だったが、毎日のように、彼らは悲しみの中で音楽を奏でていた。耐えがたき悲痛の中で。それから彼らに少しずつ言葉をかけるようになっていった。そして思ったのだ。この音楽家たちをこの作品の主人公にすべきだろうと。悲劇的であっても、故郷を愛で満たす人々として。
ヴィタリー・マンスキー1963年、ウクライナ(旧ソ連)生まれ。1989年、モスクワの全ロシア映画大学(VGIK)を卒業。2007年、国際ドキュメンタリー映画祭「Artdocfest」を創設し代表を務める(ロシアによる検閲とウクライナ侵攻により2022年に休止)。2020年にはラトビア リガでArtdocfestを設立。作品に『青春クロニクル』(1999、YIDFF 2001)、『ワイルド・ワイルド・ビーチ』(2006、アレクサンドル・ラストルグエフとスサンナ・バランジエヴァとの共同監督、YIDFF 2007)、『祖国か死か』(2011、YIDFF 2013)、『東部戦線』(2023、イェウヘン・ティタレンコと共同監督、YIDFF 2023)などがある。
